認知症とは?
『認知症』とは、さまざまな病気により、脳の神経細胞の働きが徐々に変化し、記憶・判断力などの低下が進んで、 社会生活に支障を来した状態をいいます1)。
厚生労働省の推計2)によると、日本では65歳以上の高齢者のうち、2022年時点で約440万人が認知症とされており、2040年には高齢者の約15%、およそ6.7人に1人が認知症になると予測されています。これはもはや「特別な誰かの病気」ではなく、私たちが共に生きていく社会の中で、誰もが関わる可能性のある身近な状態と言えます。
年齢を重ねると、誰でも「あれ、なんだっけ?」という物忘れは増えてきます。しかし、認知症は、そのような加齢に伴う自然な物忘れとは、あらわれ方や生活への影響の仕方が異なります。
一般的な加齢による物忘れでは、「昨日の夕食の献立を忘れる」ことはあっても、「夕食を食べたこと自体」を忘れることはほとんどありません。また、忘れたことに対する自覚があり、ヒントがあれば思い出せることが多く、生活に大きな支障が出ることはあまりありません。
一方、認知症の場合は、日本神経学会の『認知症疾患診療ガイドライン』などでも示されているように、次のような変化がみられることがあります3)。
- 忘れたことへの気づきが少なくなる
自分が何かを忘れているという感覚が持ちにくく、周囲から指摘されると戸惑ったり、不安やいら立ちを感じたりすることがあります。 - 同じ質問や話を繰り返す
数分前の会話を覚えておくことが難しくなり、同じことを何度も確認してしまうことがあります。 - これまでできていたことがやりにくくなる
料理の手順が分かりにくくなる、掃除の仕方に迷う、仕事でのミスが増えるなど、日常の動作に変化が現れます。 - 時間や場所、人の把握が難しくなる
今日が何日か、今どこにいるのか、目の前の人が誰なのかが分からなくなることがあります。 - 気持ちの揺れが大きくなる
以前より怒りっぽくなったり、急に涙が出たりするなど、感情の変化が目立つことがあります。
こうした変化が少しずつ重なり、それまで当たり前に送ってきた暮らしの中に戸惑いや困りごとが増えてくる状態、それが認知症です。
つまり認知症とは、単に記憶力が低下することだけを指すのではなく、その人の暮らし全体が、時間をかけて変化していく過程として捉えることが大切です。
アルツハイマー型認知症とはどんな病気?
認知症の原因となる病気には、主に「アルツハイマー型」「レビー小体型」「脳血管性」「前頭側頭型」の4つがあることが知られています。その中でも、最も多くみられるのがアルツハイマー型認知症です。
日本の統計では、認知症のある人の約67.6%がアルツハイマー型認知症とされています2)。つまり、これは決して特別な病気ではなく、誰もが自分自身や家族のこととして向き合う可能性のある、とても身近な状態だと言えるでしょう。
脳の変化とアミロイドβ
アルツハイマー型認知症は、脳の神経細胞が時間をかけて少しずつ影響を受けていく、進行性の病気です。近年の研究からは、症状があらわれる15〜20年ほど前から、脳の中に「アミロイドβ」というたんぱく質が少しずつ蓄積し始めていることが分かってきました4)。
このアミロイドβは、たとえるなら脳の中にたまっていく不要なもののような存在です。これが増えていくことで、神経細胞どうしの情報のやりとりがうまくいきにくくなり、やがて神経細胞そのものの働きが弱まり、脳の一部が小さくなっていきます。
特に影響を受けやすいのが、新しい出来事を覚える役割を担う「海馬(かいば)」と呼ばれる部分です。そのため、初期には最近の出来事を思い出しにくくなるといった変化が目立ちやすくなります。
一方で、昔の思い出や、長年続けてきた習慣、自転車の乗り方のような体で覚えた動きは、比較的保たれやすいことも、この病気の特徴です。
認知症の始まりは、とてもささい
認知症の初期や、その前段階とされる軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment; MCI)では、はっきりとした異変が見られないことも多く、本人も周囲も気づきにくいことが少なくありません。
認知症の初期症状(例)
- 外出や人との付き合いが少し減った
- 料理や買い物が以前よりおっくうに感じるようになった
- 新しいことに取り組むのを避けるようになった
- 以前より気持ちが不安定になった
- 「疲れた」「やる気が出ない」と口にすることが増えた
こうした変化は、「年齢のせい」「性格の変化」と受け止められがちです。しかし実際には、脳の働きの変化によって自然に起こってくる反応である場合も少なくありません。
特に注意したいのは、生活の範囲が少しずつ狭くなっていくことです。家で過ごす時間が増え、人と話す機会が減り、役割を感じる場面が少なくなる。こうした状態が続くと、脳への刺激が減り、結果として変化が進みやすくなるという流れにつながることもあります。
認知症の症状は「物忘れ」だけではない
認知症というと、「物忘れ」が最も印象に残りやすい症状かもしれません。
しかし実際には、日常生活のさまざまな場面に関わる変化があらわれます。これらの変化は、大きく「考える力の変化」 と 「体の動きに関わる変化」の2つに分けて捉えることができます。
非運動症状(考える力の変化)
アルツハイマー型認知症では、記憶だけでなく、考える力や状況を理解する力にも変化があらわれます。その結果、日常生活の中で「以前はできていたこと」が難しく感じられる場面が増えていきます。
考える力の変化の症状(例)
- 段取りや計画が立てにくくなる
何から始めればよいか分からず、作業に時間がかかることがあります。 - 時間や場所の感覚があいまいになる
今日が何日なのか分からなくなったり、今いる場所に戸惑ったりすることがあります。 - 気持ちの変化が目立つようになる
不安やいら立ちが強くなったり、意欲が低下して何もしたくなくなったりすることがあります。
これらの変化は、決して「わがまま」や「性格が悪くなった」わけではありません。
脳の働きが変化することで周囲の状況を理解しにくくなり、不安を感じやすくなった結果としてあらわれる反応です。
運動症状(体の動きに関わる変化)
アルツハイマー型認知症では、初期には目立った体の動きの変化が見られないこともありますが、進行に伴って次のような変化が現れることがあります。
体の動きに関わる変化(例)
- 歩く速さがゆっくりになる
- 歩幅が小さくなり、ふらつきやすくなる
- 着替えやボタンかけなど、細かい動作がやりにくくなる
これらは単に筋力が弱くなったというだけでなく、周囲に注意を向けながら安全に動く力や、いくつかの動作を同時に調整する力が弱まることも影響しています。
診断と検査について
認知症、とくにアルツハイマー型認知症の診断は、近年、大きく変わりつつあります。これまでは、主にあらわれている「症状」をもとに判断されてきましたが、現在は、脳の中で起きている変化をできるだけ客観的に捉える診断へと移行しています4)。
日本でも、新しい治療薬の登場に伴い、単なる物忘れの有無だけでなく、脳の状態を丁寧に確認することが重要になってきました。これは、「症状がはっきりする前の段階」で気づき、より早く支援につなげることを目的としています5)。
診断は、次のような流れで行われます。
- 問診と生活状況の確認
まず大切にされるのは、本人や家族からの話を聞くことです。「いつ頃から」「どんな場面で」困りごとが出てきたのかを、生活の様子とあわせて確認します。点数だけでは分からない、暮らしの中での変化を知ることがとても重要です。 - 認知機能検査
質問に答えたり、簡単な作業を行ったりしながら、考える力や記憶の状態を確認します。これは診断の目安となるもので、「できる・できない」を評価するためのものではありません。 - 画像検査
MRIやCTなどを用いて、脳の形や変化を確認します。また、必要に応じて、脳の働きや血流の状態を調べる検査が行われることもあります。 - 血液検査・必要に応じた専門的検査
ほかの病気が影響していないかを確認したり、より詳しく脳の状態を調べたりします。
これらを組み合わせることで、「脳の中で何が起きているのか」を丁寧に見立て、一人ひとりに合った治療や支援につなげていきます。
大切なのは、検査の結果だけでなく、「その人の生活をどう支えるか」という視点です。
治療の新しいステージ 〜アミロイドβへのアプローチ〜
これまでアルツハイマー型認知症の治療薬は、減ってしまった神経伝達物質を補って症状を一時的に改善する「対症療法」が中心でした。しかし今、治療は大きな転換期を迎えています。
現在注目されているのは、アルツハイマー型認知症の原因の一つと考えられているアミロイドβに直接働きかける新しい治療薬です。
近年承認されたレカネマブなどの薬は、脳の中にたまったアミロイドβを減らす仕組みを持ち、神経細胞への影響をできるだけ抑えることで、病気の進行をゆるやかにすることが期待されています。
一方で、これらの治療薬はすべての人が対象となるわけではなく、主に早い段階の方に使用が限られています。そのため、「少し気になる変化」の段階で医療機関に相談することが、これまで以上に重要になってきています。
支援の基本的な考え方 〜「できること」に光を当てる〜
治療が進歩してきた現在においても、認知症と向き合ううえで大切にしたい支援の考え方そのものは変わりません。目指すのは、病気の進行をできるだけゆるやかにしながら、日常生活の困りごとを減らし、その人らしい暮らしを守っていくことです。
そのためには、薬物療法だけに頼るのではなく、生活環境の調整や周囲の関わり方、リハビリテーションなどを組み合わせていくことが欠かせません。こうした支援が重なり合うことで、はじめて安心した日常生活が支えられます。
特にリハビリテーションのひとつである作業療法では、その人がこれまでどのような生活を送り、何を大事にしてきたのか、そして今も何を続けたいと感じているのかという視点を大切にしています。
料理や洗濯、散歩、趣味の時間、地域での役割など、少しの工夫があれば続けられる活動はたくさんあります。
そのため、作業療法では、失敗しにくい環境を整え、今できている動きを活かしながら、「できた」という経験を積み重ねていくことを重視します。できなくなったことを数えるのではなく、今できていることに目を向けることが、自信や安心感につながり、穏やかな毎日を支えることにつながっていきます。
おわりに 〜認知症は一人で抱えない〜
日常生活の中で何より大切なのは、家族や周囲の人とのあたたかく、安心できる関係です。認知症のある人と関わる際には、否定せず、ゆっくりと分かりやすく伝え、正しさよりも気持ちに寄り添う姿勢が大切になります。
また、すべてを一人で抱え込まず、周囲や専門職の力を借りることも、安心した生活を続けるための重要なポイントです。
認知症は暮らしが少しずつ変わっていく状態ですが、その人らしさまで失われるわけではありません。「一緒にやってみようか」といった何気ない声かけや、共に過ごす時間の積み重ねが、安心感や自信を支えていきます。
完璧を目指さず、できることから無理のない形で、誰かと支え合いながら歩んでいくことが、穏やかな毎日につながっていきます。
参考文献
1)厚生労働省(2025).もし、家族や自分が認知症になったら知っておきたい認知症のキホン.https://www.gov-online.go.jp/article/202501/entry-7013.html?utm_source=chatgpt.com
2)厚生労働省(2024).認知症施策推進基本計画.https://www.mhlw.go.jp/content/001344090.pdf
3)日本神経学会(2017).認知症疾患診療ガイドライン2017.https://www.neurology-jp.org/guidelinem/nintisyo_2017.html
4)Jack, C. R., Jr., et al. (2024).Revised criteria for the diagnosis and staging of Alzheimer’s disease.Nature Medicine, 30(8), 2121–2124.
5)van Dyck, C. H., et al. (2023).Lecanemab in early Alzheimer’s disease.New England Journal of Medicine, 388(1), 9–21.
6)新留 徹広,他(2024).新規アルツハイマー病治療薬レカネマブ.日本薬理学雑誌, 159, 173–181.
7)一般社団法人日本作業療法士協会(2020).認知症の方への作業療法.https://www.jaot.or.jp/ot_alzheimer/
