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カテゴリー: リハビリの知識
タグ: 違い, 理学療法士, その他(1件)

当事者の方にも知ってほしい、セラピストが取り入れるべきリハビリテーションの目標設定の方法

当事者の方にも知ってほしい、セラピストが取り入れるべきリハビリテーションの目標設定の方法
こんな人に読んでほしい!
  • リハビリに取り組んでいる方
  • 現場で働く理学療法士
  • 現場で働く作業療法士
  • 現場で働く言語聴覚士
  • これからリハビリ業界で働こうと思っている方

リハビリテーションの目標をどう定めるか

リハビリテーションを始めるとき、多くの方が「歩けるようになりたい」、「手が動くようになりたい」とおっしゃいます。とても大切な願いですが、私はもう一歩だけ目標設定を具体的にしてみることをおすすめします。

たとえば、「春に孫の入学式に行って、30分座って式に参加するために歩けるようになりたい」、といった感じです。リハビリの目標設定は、生活の場面から考えると、毎日の練習内容も周りのサポートも、ぐっと決めやすくなるからです。

このような自分の生活に即した目標を、日本作業療法協会は「生活行為の目標」と呼んでいます1)。生活行為の目標を先に決めて、そこから必要な練習を逆算する、リハビリテーション領域ではこの考え方を「トップダウン・アプローチ」と言います。この方法は、英国のNICE(National Institute for Health and Care Excellence)2)やアメリカ作業療法士協会(American Occupational Therapy Association:AOTA)3)といった、国際的な機関でも推奨されています。

私はこのトップダウン・アプローチこそが、近代のリハビリテーションを象徴する考え方のひとつだと考えています。その理由を述べる前に、まずは2つのリハビリテーションアプローチの違いをシンプルに整理します。


トップダウンとボトムアップの違い

まず、トップダウン・アプローチという概念に相対する考え方として、「ボトムアップ・アプローチ」があります。ボトムアップ・アプローチは、筋力、関節の動き、バランス、注意力など、体の機能を幅広く検査し、その結果を積み上げて「どの動作が可能か」「どんな生活ができるか」を考える方法です。

評価の抜け漏れが少なく、手順に沿って進めやすいので、経験の浅いセラピストでも取り組みやすい一方で、時間がかかり患者の負担になりやすい面があります。

トップダウン・アプローチはその逆で、最初に「何をしたいか」「どんな生活を送りたいか」といった生活行為の目標を設定し、そこから必要な動作を分析して評価や訓練を選びます。効率的にゴールへ進める利点がある反面、必要な検査項目の取捨選択には経験と臨床推論力が求められます。

まとめると、ボトムアップは「機能 → 動作 → 生活」へ積み上げる方式であり、トップダウンは「生活 → 動作 → 機能」へと降りていく方法です現場のセラピストは、対象者や状況に応じてどちらか、あるいは両者を組み合わせて介入を進めています。

ちなみに、リハビリテーション士を養成する教育の現場では、学生にはまずボトムアップで基礎的な評価力を身につけてもらい、そのうえでトップダウンの設計力(目標から逆算する力)を鍛えるよう指導しています。それほどトップダウンには経験に裏打ちされた判断が必要になるためです。

文章だけでは少しイメージしづらいかもしれませんので、両者の流れを図で比較してみましょう。

図 1 ボトムアップとトップダウンそれぞれのおおまかな流れ
図 1 ボトムアップとトップダウンそれぞれのおおまかな流れ

左がボトムアップ・アプローチ、右がトップダウン・アプローチです。前者は体の機能から順に積み上げ、最後に目標設定とリハビリプログラムへつなげるのに対し、後者は生活の目標から出発し、そこから必要な動作や機能を逆算してリハビリプログラムに繋げることがわかると思います。


トップダウン・アプローチの介入例 

ここで、私が実際に担当した事例を紹介したいと思います。Aさん(82歳女性)は買い物帰りに転倒し、大腿骨頸部骨折(股関節の付け根の骨折)で入院されました。12月にリハビリ病院へ入院し、約2か月間の入院治療後に在宅復帰を目指す計画となりました。

初回面談でAさんは、次のように語りました。

「春に孫の入学式があるんです。どうしても行きたい。会場に座って、一緒に写真を撮りたい」

この言葉を受け、私はトップダウン・アプローチで介入を設計しました。以下に、その際のリハビリテーションの流れを示します。

トップダウン・アプローチのリハビリテーションの流れ

1.目標設定
長期目標:「4月に孫の入学式に出席し、会場までの移動・着席・写真撮影を行うこと」

2.目標達成のための課題動作
・公共交通機関を含む自宅〜会場までの移動
・階段昇降
・ベンチへの立ち座り
・屋外でのトイレ利用
・30分間の着座 など

3.必要な検査(評価)
・歩行持久力(6分間歩行テスト)
・起立・歩行・方向転換をみる歩行テスト(TUGと呼ばれる評価)
・段差昇降:10段×2往復の可否
・立ち上がりテスト:椅子からの立ち上がり10回
・トイレ動作評価 など

4.課題と強み
・課題:屋外歩行の持久力不足、階段昇降の不安、長時間座位での股関節周囲の張り
・強み:屋内歩行自立、手すりを使用すると段差昇降可能、家族の強い支援意欲

5.リハビリプログラム
・屋外歩行練習:400〜600mの距離を休憩を挟みながら実施
・階段昇降:昇降リズムと安全な手すりの使用方法を習得
・立ち座り訓練:ベンチを想定した反復練習
・作業活動(着座耐久性の訓練):趣味の編み物を取り入れながら10→20→30分へ延長
・環境調整:滑りにくい靴や、本人の状態に合った杖の調整、会場ルートの事前下見
・自己管理ノートの作成:痛み・疲労・不安のセルフチェック表を作成する など

トップダウン・アプローチは、「歩けるようになりたい」という漠然とした希望ではなく、「歩いて何をしたいか」という生活行為を出発点に考える方法です。目標がはっきりしていると、練習の意味が見えてきます。Aさんが「孫の入学式に出席する」と決めたように、具体的な願いがあると、一歩一歩の練習が生活そのものにつながっていくのです。


おわりに

以上がトップダウン・アプローチを基にした、リハビリテーションの目標設定の考え方です。最後に、私がトップダウンこそが近代のリハビリテーションを象徴する考え方のひとつだと考える理由を述べて、締めくくりたいと思います。

かつてのリハビリテーションは、けがや病気で失われた体の機能を取り戻すことが中心でした。しかし今では、世界保健機関(World Health Organization)が示すように7)、体の機能だけでなく日常生活や社会参加までを含めて支えることが大切だと考えられています。

つまり、目指すのは心身機能の回復だけではなく、生活を取り戻すことです。トップダウン・アプローチは、こうした価値観の変化に最も合ったやり方だと言えるでしょう。

また、トップダウン・アプローチはまず「その人が本当にやりたいこと」から考えるので、ご本人はもちろん、ご家族や医療・介護スタッフも同じ目標を共有しやすいという利点があります。「入学式に出席する」といった具体的な生活の目標があると、みんなの支援が一つの方向にそろいやすくなり、これは近年重視されているチーム医療・多職種連携とも非常に相性が良いと感じています。

これからのリハビリテーションは、単に「できるようにする」だけでなく、「その人がどう生きていきたいか」という物語に寄り添うものに変わっていくでしょう。セラピストのみなさんには、評価や練習の先にある「生活の物語」を常に意識してほしいと思います。

そしてリハビリに取り組む当事者の方には、「歩けるようになりたい」だけでなく「何のために歩きたいのか」を、ぜひご自身の言葉でセラピストに伝えてみてくださいね

【参考文献】

1)World Health Organization, International Classification of Functioning, Disability and Health (ICF), https://www.who.int/standards/classifications/international-classification-of-functioning-disability-and-health

2)日本作業療法士協会, 生活行為向上マネジメント, https://www.jaot.or.jp/mtdlp/whats/management_process_sheetl/

3)National Institute for Health and Care Excellence, Stroke rehabilitation in adults, https://www.nice.org.uk/guidance/ng236/chapter/Recommendations?utm_source=chatgpt.com

4)American Occupational Therapy Association, Occupational Therapy Practice Framework: Domain and Process Fourth Edition, https://rutgersuniversityotdprogram.weebly.com/uploads/1/4/7/5/147503958/otpf-4.pdf

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この記事の著者

川﨑 一平

川﨑 一平

作業療法士 / Ph.D.

プロフィール詳細

1987年熊本県生まれ。大学卒業後、作業療法士として医療機関に勤務。2014年から2年間、青年海外協力隊としてマレーシアの障害者支援NGOで活動し、異文化の中でリハビリや生活支援に携わる。帰国後、東京大学大学院に進学(国際協力学)。2019年より京都橘大学でアカデミックキャリアをスタートさせ、2025年に静岡大学大学院で博士号を取得(情報学)。現在は福岡の令和健康科学大学に勤務し、在宅環境を3Dで表現して生活支援の評価に役立てる研究や、リハビリテーション領域におけるAI技術の応用研究に取り組んでいる。プライベートでは1児の父として子育てに奮闘中。座右の銘は「行動は最良の選択」。大学教育のほか、フリーのOTとして臨床・執筆・講演・事業コンサルティング等にも取り組んでおり、ご依頼はippei.kawasaki.615@gmail.comまで。

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