はじめに 〜支えるだけが支援ではない理由〜
在宅の支援場面でよく家族から聞かれる声があります。「つい全部手伝ってしまうんです」、「本人にやらせた方がいいのは分かっているけど、見ているのが怖い」、「自立を促したいのに、気づいたら家族の方が先に動いてしまう」これらは、どの家庭でも自然に起こることです。家族は本人を大切に思うからこそ手を出してしまうのであり、決して悪いことではありません。
しかし、その善意のサポートが結果として、本人が持っている「できる力」を少しずつ奪ってしまう場合があります。
近年の介護保険制度やリハビリテーションでの分野では「自立支援」が特に重視されています。厚生労働省も、生活機能の維持・向上を大切にし、「介護される側の自立」と同時に、「介護する側が無理なく続けられる介護」を推進しています1)。
さらに、自立支援の考え方は私たちセラピストの理念とも一致しています。日本作業療法士協会は、作業療法の目的として「人々の『する』『できる』『したい』を支えること」を掲げており、本人の力を最大限に引き出す支援の重要性を強調しています2)。
このように、制度的にも専門職の立場から見ても、「家族が全部やってあげること」が必ずしも最善ではないということが分かります。ここでは、家族が無理なく実践でき、現実的に取り入れやすい「自立を促す関わり方」について、専門職の視点からわかりやすく整理していきます。
支えるだけでは不十分?自立支援という発想
要介護者の生活を支える際、家族としては「手伝ってあげることこそが愛情」だと感じるのは自然なことです。しかし自立支援の観点では、「できる部分だけでも本人が関わること」が、長期的には生活の質を守るうえでとても大切だとされています。
とはいえ、「全部を任せる」という意味ではありません。ほんの小さな関わりで十分です。たとえば、以下のような関わりがあります。
・着替えの最後の一部分だけ自分で行う
・食事づくりで「野菜をちぎる」「お箸を並べる」などの簡単な作業を担当する
・郵便物を取りに行く
・テーブル拭きをお願いしてみる
このような、日常生活の中の「ちょっとした役割」 でも、本人にとっては大きな意味があります。これらの活動は研究でも、役割意識や達成感、自己効力感の向上につながると報告されています3)。さらに、本人ができることが少しずつ増えていくことで、結果的に家族の介護負担が軽くなることも少なくありません。
つまり自立支援とは、「本人に全てを任せる」ではなく、「本人が関われる部分だけに、少しでも参加してもらう」という柔らかい関わり方なのです。
自立を阻む「善意のサポート」
家族がつい先に手を出してしまうのには、はっきりとした理由があります。それらは、「転倒しないか心配」、「時間がなく、早く済ませたい」、「困っている姿を見るのがつらい」、「可哀想だから、代わりにやってあげたいという思い」などが考えられます。
どれも、介護する立場ならごく自然な感情であり、誰が悪いわけでもありません。むしろ、多くの家族が同じ気持ちで日々の介護を続けています。
ただ、ここで一つ大切な視点があります。それは、「やらない状態が続くと、できる力はゆっくりと失われていく」ということです。本人が日常生活動作を「やらなくなることは、時間の経過とともに「できなくなる」ことにつながりやすいといわれています4)。
活動しない期間が長引くと、筋力・関節可動域・バランス能力・意欲が徐々に低下し(廃用症候群)、日常生活の動作能力へも影響が及びます。例えば、以下のような変化が起こり得ます。
・袖を通す動作をしなくなる → 上肢挙上ができなくなる
・立ち上がり動作をしなくなる → 下肢筋力が低下
・生活の役割がなくなる → 活動性の低下、意欲の低下
こうした状態が進むと、家族が担うサポートの範囲が広がり、結果的に介護量が増えるという悪循環が生じることも少なくありません。これは決して家族の誤りではなく、「助けたい」という気持ちが強いほど起こりやすい、ごく自然な現象です。
だからこそ、家族の善意のサポートが、意図せず本人の「できる機会」を奪ってしまうことがあるという視点を持つことが、自立支援の第一歩になります。もちろん、危険なことを無理にさせるという意味ではありません。
支援の本質は、「できる部分だけでも、本人が関われる余地を残すこと」です。家族が少しだけ手放すことで、本人の力を守ることにも、家族自身の負担を軽くすることにもつながります。
家族ができる3つの自立支援の関わり方
自立支援と聞くと、「難しそう」、「特別な訓練がいるのでは」と感じる家族も少なくありません。しかし、家族が日常の中で取り組める工夫は決して特別なものではなく、時間や気持ちに余裕があるときだけでも十分に効果があります。本章では、無理なく続けられる3つの視点として、まず「見守る勇気」について紹介します。
見守る勇気 〜「できる機会」を奪わない〜
自立支援の第一歩は、必要以上に手を出さず、その人が「自分でできる機会」を大切にして見守ることです。ただし、この“見守る”という行為は、家族にとって決して簡単ではありません。
転倒への不安、時間的な余裕のなさ、見ている側の落ち着かない気持ち、そして「助けてあげたい」という思い、これらは誰もが自然に抱く感情です。そのため、見守りは無理して続ける必要はなく、できるときだけで十分です。
見守りを行う際は、危険がない範囲で「できるだけ自分でやってもらう」ことを大切にし、手を出すのは本当に困ったときだけに留めます。「急がなくて大丈夫ですよ」といった安心できる声かけを添えると、本人の挑戦する気持ちを支えられます。また、できたときには必ず「できましたね!」と肯定的なフィードバックを伝えることが大切です。
見守るとは放置することではなく、本人に「自分でできた」という成功体験を積み重ねてもらうための、積極的な支援です。この成功体験こそが、自立への意欲を引き出す最も大きな原動力となります。
役割の尊重 〜本人の「できること」を生活の中へ戻す〜
自立支援で重要になるのは、単に動作を行うことではなく、「生活の中での役割をどう取り戻すか」という視点です1)。人は誰かの役に立つことで自己効力感(できる感覚)を得ます。これは高齢者でも変わりません。たとえば、
・食器を拭く
・洗濯物を畳む
・花へ水やりをする
・テーブルを拭く
・新聞をポストへ取りに行く
これらは一見小さな行動ですが、「生活参加」 として非常に大きな意味を持ちます。また、これらの役割も「余裕がある日だけ」、「できるタイミングだけ」で十分です。毎日必ず、きっちりと行う必要はありません。家族は、「できることを奪わない」だけでなく、生活の中の役割として意図的に戻していくことが大切です。
安心のデザイン 〜失敗しても大丈夫な環境づくり〜
自立支援では「失敗」がつきものです。そのため、失敗しても大きな事故につながりにくい環境を整えることで、本人は安心して挑戦できるようになります。たとえば、
・手すりの設置
・すべりにくいマット
・椅子の高さ調整
・段差解消
・よく使う物の整理整頓
こうした環境調整は、本人が安心して活動に挑戦できるだけでなく、家族の不安も軽減し、双方にとってメリットのある生活環境をつくり出します。
事例から学ぶ 〜家族が変わると生活が変わる〜
次に、実際の事例を通して、自立支援がどのように家族と本人の生活を変えていくのかを紹介します。
症例紹介
80代女性・脳梗塞後のケースでは、家族が「危ないから」との思いから、ほとんどすべての家事を代わりに行っていました。これは決して珍しい状況ではなく、不安や時間の制約、精神的な疲れの中で必死に支えている家族にとって、ごく自然な対応です。
このケースでセラピストは、まず家族に対して「無理のない範囲で、できる部分だけでも本人に関わってもらうことが大切」という視点を丁寧に伝えました。そのうえで、日常に負担なく取り入れられる「台所でできる小さな役割」を提案しました。たとえば、野菜を洗う、食器を拭く、調理の簡単な下準備をするなど、家族の負担を増やさず、余裕があるときだけ一緒にできる程度の役割です。
取り組み始めた当初は、どうしても時間がかかり、家族としては、見ている方が落ち着かないと感じる場面もありました。
しかし、「今日は時間に余裕があるから任せてみよう」という日を少しずつ増やしていった結果、数週間後には本人が自然と手伝いに参加するようになり、表情も明るく、生き生きとした変化が見られるようになりました。
家族も「正直、こんなにできるとは思っていなかった」と驚き、結果的に家族の介護負担が軽くなるという予想外の良い変化も生まれました。この事例が示すように、自立支援の関わりは本人の能力を引き出すだけでなく、家族の生活や気持ちにも良い影響を与えることがあります。
そして、その変化は「毎日完璧に行うこと」から生まれるのではありません。むしろ、「家族の余裕があるときに、できる範囲で関わる」という現実的で続けやすい取り組みからこそ、生活を前向きに変えるきっかけが生まれるのです。
セラピストが家族に伝えるべき自立の意味
家族にとって「任せる」ことは、決して簡単ではありません。「本当に大丈夫かな?」、「時間がかかると予定が間に合わない…」、「失敗したら本人も傷つくのでは?」といった、そのような不安があって当然であり、むしろ自然な感情です。
だからこそ、セラピストは家族に対して理想論ではなく、現実的にできる自立支援の意味をわかりやすく伝えることが大切です。以下に、その際に押さえておきたいポイントを示します。
【セラピストが家族へ伝えるべきポイント】
・自立とは「すべてを一人で完璧に行うこと」ではなく、家族が見守る中で、本人が一部分でも関われていれば十分に成立すること
・小さな役割でも本人にとっては大きな意味があり、成功体験は自己効力感や生活の質(QOL)を高めること
・時間や心に余裕がない日は、無理に任せる必要がなく、その日の状況に合わせて家族が担ってよいこと
・家族がすべてを抱え込む必要はなく、どの部分を任せられそうかをセラピストと一緒に考えられること
厚生労働省も、介護者が休んだり頼ったりすることを重要な視点として位置づけています¹)。すなわち、「任せること」は手抜きではなく、家族自身の健康を守るためにも不可欠な支援です。大切なことは、「完璧に任せる必要はない」という安心感です。
「できる日だけ」、「できることだけ」を無理のない範囲で任せていけば、本人も家族も自然と負担が軽くなります。セラピストは、その家庭にとってのちょうどよいバランスを、共に探し続ける伴走者でありたいものです。
おわりに
自立を促す関わりは、家族にとって決して簡単ではありません。放っておくこととは違い、任せる・見守るという選択には、勇気と葛藤がつきものです。「危なくないかな」、「うまくできるかな」、「失敗したらかわいそう」といった迷いや心配は、ごく自然な感情です。
それでも、任せることも見守ることも、ひとつの愛情のかたちです。本人が自分でできたと感じられる経験は、生活の自信を取り戻す力になり、表情や意欲にも大きな変化をもたらします。
そして、家族が無理なく介護を続けられるようになることは、結果として本人の生活の質(QOL)を高めることにもつながります。家族が疲れすぎず、頑張りすぎないことは、本人にとっても最良の支援です。
支えるだけが支援ではありません。無理のないペースで、できる日だけ、できることから、そういった関わりのひとつひとつが、本人にも家族にもやさしい、自立支援の第一歩です。
【参考文献】
1)厚生労働省.『家族介護者支援マニュアル』.2018.https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001236476.pdf
2)日本作業療法士協会.『作業療法士の定義と役割』.2023.https://www.jaot.or.jp/about/definition/
3)中越竜馬,武政誠,中山可奈子,森岡寛文,雄山正崇:在宅高齢者のADLとその家族介護者のQOL・介護負担感の縦断的な変化に影響を及ぼす要因について.理学療法科学29(1).87–95,2014.
4)厚生労働省.『閉じこもり予防・支援マニュアル』.2009.https://www.mhlw.go.jp/topics/2009/05/dl/tp0501-1g.pdf
