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脳梗塞後の「うつ症状」を見逃さないで:卒中後うつ(PSD)の早期発見と心理的支援

こんな人に読んでほしい!
  • 脳卒中後に「やる気が出ない」「気分が落ち込む」といった変化を感じているご本人
  • 「以前より元気がない」「リハビリへの意欲が低い」と感じているご家族の方
  • 脳卒中後の回復が思うように進まず、不安や戸惑いを感じている方
  • 「これは性格の問題なのか、それとも病気なのか」と悩んでいる方

はじめに

これまで前向きだった方が急に無気力になったり、リハビリを拒否したりする姿を見て、ご家族は「本人のやる気がなくなってしまった」、「病気で性格が変わったのだろうか」と、やり場のない戸惑いや不安を感じることも少なくありません。

しかし同時に、誰よりも苦しんでいるのは、ご本人かもしれません。「なぜか体が動かないだけでなく、心まで動かない」、「リハビリをしなくてはいけないのは分かっているのに、どうしても力が湧いてこない」。

こうした、自分でもコントロールできない「意欲の喪失」に、ご本人自身が深い孤独と絶望を感じているケースが多々あります。しかし、それは「根性」や「甘え」の問題ではなく、「脳卒中後うつ(Post-Stroke Depression: PSD)」という医学的な合併症かもしれません。

本記事では、専門職の視点から脳卒中後うつ(PSD)の正体と、家庭でできる支援のコツについて解説します。


 脳卒中後うつ(PSD)は珍しくない?

脳卒中後うつ(PSD)は、決して珍しいものではありません。研究によれば、脳卒中生存者の約3分の1(33%)が、脳卒中後うつ(PSD)を経験すると報告されています。また、別の調査では発症後3ヶ月以内に症状のピークを迎えることが多く、その後1年以上経過しても高い頻度で継続する場合があることが示されています。

脳卒中後うつ(PSD)は単なる気分の落ち込みにとどまらず、身体機能や認知機能の回復を阻害し、日常生活動作(ADL)や手段的日常生活動作(IADL)の再建を遅らせる大きな要因となります。早期に発見し、適切なケアを行うことは、身体のリハビリを進める上でも極めて重要なのです。


なぜ「やる気」が出ないのか? 脳と環境の2大要因

脳卒中後うつ(PSD)の原因は、大きく分けて「脳の物理的な変化」と「環境の変化」の2つがあります。

脳の生物学的要因(脳の物理的な変化)

脳梗塞による直接的な脳の損傷によって引き起こされる物理的な変化です。

  • 神経伝達物質の欠乏:
    感情を整えるセロトニンなどの物質を運ぶ経路が梗塞によって壊れ、脳内の濃度が低下します。
  • ネットワークの断絶:
    感情処理や内省を司る脳内ネットワーク(デフォルト・モード・ネットワークなど)の連携が遮断されることで、心の制御が難しくなります。
  • 脳の炎症:
    脳卒中後、脳内では免疫反応(炎症)が生じ、放出されるサイトカインなどの物質が神経細胞に悪影響を与え、気分を沈ませます。
  • 栄養不足:
    脳の修復を助ける成分(BDNFなど)の減少や、ビタミンD不足もうつ症状に関与していることが分かっています。

心理社会的要因(環境の変化)

生活が激変することによる強烈なストレスが、脳のダメージに追い打ちをかけます。

  • 喪失感:
    昨日までできていた「歩く」「話す」「手を動かす」といった能力を失ったショックは計り知れません。
  • 役割の変化:
    「家族を支える側」から「介助される側」になったことによる自尊心の低下や、将来への不安が影響します。
  • 孤立:
    独居や周囲のサポート不足、日常生活の不自由さはPSDの発症リスクを大きく高めます。

脳卒中後うつ(PSD)の診断

脳卒中後うつ(PSD)の診断は、正式には精神科医などの専門医の面接による診断が必要とされています。一方で、専門医による診断は全員にできるわけではありません。

脳卒中後うつ(PSD)は脳卒中によるさまざまな症状に隠れて見えにくい状態にあることも多いのです。そこで、簡単な質問票で、まずはチェック(スクリーニング)し、陽性例に対して正確な診断に進むという方法が効率的な評価・診断方法となります。

質問票による評価には「PHQ-9(Patient Health Questionnaire-9)」、「PHQ-2(Pateint Health Questionnair-2)」、「HAMD(Hamilton Depression Rating Scale)」、などがよく使用されています。

このなかで、PHQ-2についてご紹介いたします。2つの質問だけで構成されていますので、以下の項目を確認してみてください。(繰り返しになりますが、これだけで診断はできません。詳細は専門家に相談をしてください。)

【PHQ-2の質問項目】

過去2週間、以下の問題でどの程度悩まされましたか?(0〜3で回答)

  1. 物事に対して興味が湧かない、または楽しめない
  2. 気分が沈む、憂鬱になる、または絶望的になる 

【回答】

  • 0: 全くない
  • 1: 数日
  • 2: 半分以上
  • 3: ほとんど毎日 

【評価と解釈】

合計スコア(0〜6点): 合計が3点以上の場合、うつ病の可能性が高いと判断され、専門家への相談が推奨されます。


脳卒中後うつ(PSD)の治療とリハビリテーション

脳卒中後うつ(PSD)の改善には、脳内の環境を整える「医学的治療」と、生活の質を高める「リハビリテーション」の両輪が不可欠です。

薬物療法:脳内の環境調整をする

脳卒中後うつ(PSD)の治療において、抗うつ薬(SSRIなど)による薬物療法は非常に有効であるとされています。専門医の指示のもと適切に内服を継続することで、抑うつ気分の改善だけでなく、日常生活動作(ADL)や認知機能の向上にも寄与し、その効果は長期的にも持続することが研究で示されています。

「精神科の薬」と聞くと抵抗を感じる方もいらっしゃいますが、これは脳内の神経伝達物質(セロトニン等)の不足を補い、脳が本来の回復力を発揮しやすくするための「環境調整」と言えます。

運動療法:身体から心へ働きかける

薬物療法に加え、非薬物療法としての「運動」も強力な治療手段です。特に有酸素運動や筋力増強運動は、脳内の神経栄養因子(BDNFなど)を活性化させ、気分の浮揚や意欲の改善に有効であるとされています。

入院中は病院のプログラムとして取り組みやすいですが、真に重要なのは、住み慣れた自宅に帰ってからも在宅リハビリテーションや地域リハビリテーションを継続していくことです。適度な運動習慣を保つことは、脳卒中後うつ(PSD)の再発予防にも繋がります。

余暇活動と社会的つながり:生活に彩りを取り戻す

リハビリテーションは「運動」だけではありません。かつて楽しんでいた趣味や、地域コミュニティなどの余暇活動への参加も、脳卒中後うつ(PSD)改善に極めて有効であるとの報告があります。

「リハビリのために動く」のが辛い時期でも、「好きなことのために少し動いてみる」ことが、脳を刺激し、思わぬ回復のきっかけになることがあります。

「元気になるためのコツ」

まずは薬物療法を中心として脳の状態を安定させ、その土台の上で、運動を中心としたリハビリの継続、そして少しずつの余暇活動への参加……と段階を追って広げていくこと。

この多角的なアプローチこそが、脳卒中後うつ(PSD)を克服し、自分らしい生活を取り戻すための確かな近道です 。

専門職が教える「心の回復」を支える生活のコツ

リハビリテーションの現場で私たちリハビリ専門職が大切にしている、脳卒中後うつ(PSD)を抱える方への接し方のポイントを3つ紹介します。

「励まし」より「共感」や「承認」を

頑張れ」という励ましの言葉は、時に強いプレッシャーとなってしまいます。心が沈んでいる時には「お辛いですね」、動く気力が湧かない日には「今日はそんな気分になれないのですね」と、まずはありのままの感情に寄り添う「共感」を大切にしてください。   

さらに、「今日はリハビリ室まで足を運べましたね」「お顔の色が少し良くなりましたね」といった、今そこにある事実を具体的に伝える「承認」を重ねることで、ご本人の深い安心感と自己肯定感の回復へとつながります。

「できた」を視覚化する(スモールステップ)

患者様は元の状態や生活に戻りたくて大きな目標を立ててしまいがちですが、脳がダメージを受けている時期は、大きな目標を立てるだけで疲弊してしまいます。

「歩く」「手が元通り動くようになる」という大きな目標を、「まずは5分車椅子に座れる」「手を膝の上にのせられるようになる」といった小さな目標に分解しましょう。カレンダーにできた印をつける、簡単な日記をつけるなどの工夫も達成感を得るために有効であると考えます。

活動と休息のバランスを整える

脳卒中後うつ(PSD)の方は非常に疲れやすく、睡眠のリズムも崩れがちです。無理に活動を促すのではなく、午前中に少し動いたら午後は静かに過ごすなど、スケジュールを固定して脳が休める時間を確保しましょう。

結びに:チームで支えるリハビリテーション

脳卒中後うつ(PSD)は適切な治療とケアで改善できる「病気」です。もしご家族が以前と違う様子を見せたら、それは脳が出している「助けて」のサインかもしれません。

ご家族だけで抱え込まず、医師、作業療法士、理学療法士、ソーシャルワーカーに相談してください。必要に応じて薬(抗うつ薬)の力を借りることで、驚くほどリハビリが前向きに進むこともあります 。

身体の麻痺を治すのと同じように、心の不調を治すことも、リハビリテーションの立派な目的の一つです。医療チームと一緒に、一歩ずつ進んでいきましょう。

 参考資料

  1. 日本脳卒中学会:脳卒中治療ガイドライン 2021(改定2025)
  2. Liu L, Xu M, Marshall IJ, Wolfe CDA, Wang Y, O’Connell MDL. Prevalence and natural history of depression after stroke: A systematic review and meta-analysis of observational studies. PLOS Medicine. 2023;20(3):e1004200.
  3. Butsing N, Zauszniewski JA, Ruksakulpiwat S, Griffin MTQ, Niyomyart A. Association between post-stroke depression and functional outcomes: A systematic review. PLOS ONE. 2024;19(8):e0309158.
  4. Wang Z, Shi Y, Liu F, Jia N, Gao J, Pang X, et al. Diversiform Etiologies for Post-stroke Depression. Frontiers in Psychiatry. 2019;Volume 9 - 2018.
  5. Liu F, Gong L, Zhao H, Li Y-l, Yan Z, Mu J. Validity of evaluation scales for post-stroke depression: a systematic review and meta-analysis. BMC Neurology. 2024;24(1):286.
  6. Kroenke K, Spitzer RL, Williams JBW. The Patient Health Questionnaire-2: Validity of a Two-Item Depression Screener. Medical Care. 2003;41(11).

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この記事の著者

楠田 耕平

楠田 耕平

作業療法士・Ph.D.

プロフィール詳細

1987年京都府生まれ。大学卒業後、作業療法士として医療機関に勤務。回復期リハビリテーション病棟、訪問リハビリテーションで脳卒中や整形疾患、難病の方のリハビリに従事する。京都府学術部長として学術誌の編集作業にも携わる。2021年より関西福祉科学大学で勤務、現在に至る。主な研究テーマは脳卒中の方のIADLの予測モデル開発。プライベートでは2児の父として子育てに奮闘中。趣味は「サウナ」「カラオケ」「ぼーっとYoutubeを観る」「子どもと遊ぶ」。座右の銘は「チャレンジしよう、変化を求めて」。

この記事はリハマッチ監督チームにより監修されています

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