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認知症があってもできること ―園芸や農作業が引き出す「その人らしさ」―

こんな人に読んでほしい!
  • ご家族に認知症のある方がいる方
  • 日常のかかわり方に悩んでいる方
  • 介護や支援の中で、その人らしさを大切にしたい方

はじめに

認知症のある方が、室内では何もせずに“ぼーっと”座っているように見えることがあります。声をかけても反応が乏しく、「何もできないのではないか」と感じてしまう場面があるかもしれません。

しかし、ひとたび庭先に出ると、その様子が変わることがあります。塀のそばにしゃがみ込み、伸びてきた草を手際よく丁寧に抜いていく姿。誰かに言われたわけでもなく、周囲の様子を確認しながら自然に手が動いていきます。

また、以前に園芸をしていた方であれば、苗を植える場面でその人らしさがよりはっきりと表れます。トマトの苗を手にすると、土に適切な大きさの穴を掘り、苗を崩さないようにやさしく植えていきます。

説明を受けたわけでもないのに、その手つきには長年の経験がにじみ出ています。室内で見せていた姿とは異なり、その方らしい関わり方がそこには残っています。

こうした場面は、決して特別なものではありません。園芸や農作業には、「できなくなったこと」ではなく、「今も残っている力」に目を向けるきっかけがあると考えられます。

【この記事のポイント】

  • できないのではなく、引き出されていないだけ
    環境や関わり方によって、認知症があってもできることは自然に表れる。見えにくい力が残っている。
  • 行動は「環境」と「経験」から生まれる
    畑や庭のような環境と、身体に残る経験が重なることで、無理なく行動が引き出される
  • 大切なのは、「できるか」ではなく「どう関わるか」
    リスクも含めて、その人にとって意味のある関わりをどう支えるかが本質的な視点

「ぼーっと」しているように見える理由と、「できる」が現れる理由

室内で何もせずにいる姿は、「何もできない状態」に見えることがあります。しかし、実際には何をすればよいかを判断したり、行動を始めたりすることが難しくなっている状態とも考えられます。

認知症のある方は、記憶だけでなく、状況を理解したり、行動を始めたりする力にも変化がみられることがあります。そのため、やるべきことが明確でない環境では行動が起こりにくくなり、「ぼーっと」しているように見えることがあります。

一方で、畑のように「何をすればよいかが見て分かる」環境では、自然と行動が引き出されることがあります。さらに、こうした場面では、「できる」という状態が生まれやすくなります。

環境の中に行動の手がかりがあることで、「何をするか」を自分で考えなくてもよくなり、行動が行いやすくなります。また、草を抜く、苗を植えるといった動きは、長年の経験の中で身についたものであり、言葉で思い出さなくても身体が覚えていることがあります。

このように、①環境が行動を引き出すこと、②身体に残っている動きが活かされることが重なることで、「できる」という状態が自然と現れてくるのです。


環境が行動を引き出す(アフォーダンス)

園芸や農作業の場面では、環境そのものが行動の手がかりになります。

  • 乾いた土を見ると、水をやりたくなる。
  • 伸びた草を見ると、つい手が伸びる。
  • 実がなっていると、収穫したくなる。

これは特別なことではなく、私たち自身にも思い当たる感覚ではないでしょうか。たとえば、机の上に散らかったゴミを見ると片づけたくなる。赤いボタンを見ると押したくなる。シンクに食器がたまっていると、洗わなければいけないと思う。そうした環境に置かれることで、次の行動が浮かぶ経験は誰にでもあるものです。

このように、環境から自然に行動が引き出される関係は、「アフォーダンス(環境が行動を引き出す性質)」と呼ばれています。

認知症のある方にとって、このような「見ればわかる」、「触ればわかる」環境は、行動を始める大きな手掛かりになります。つまり、室内で「何をすればよいかわからない状態」とは対照的に、庭先や畑では環境そのものが次の行動を教えてくれるため、自然と体が動き出すのです。


なじみのある作業が、「その人らしさ」を引き出す

園芸や農作業が持つもう一つの特徴は、「なじみのある作業」であるという点です。ここでいう「なじみ」とは、必ずしも農業の経験があるということではありません。

たとえば、料理で野菜を使うときに、土のついたものを洗ったり、傷んだ部分を取り除いたりする、ベランダの植物に水をやる、道端のコンクリートの隙間から生えている雑草が気になる、小学生の時にした朝顔の観察、こうした経験は、多くの人が日常の中で経験してきたものです。

そのため、改めて思い出そうとしなくても、似た場面に出会うと自然に手が動くことがあります。苗を植えるときにポットを畑の上に一度置き、その大きさに合わせて土を掘る。草をぬくときに、根ごと抜けるように力加減を調整する。

こうした動きは「考えている」というよりも、「体が覚えている」と表現したほうが近くないでしょうか。これは、長年の経験の中で身についた動きや手順(手続き記憶)が比較的保たれやすいことと関係しています。

 そして、そのかかわり方は、その人のこれまでの生き方が自然に現れます。丁寧に土を整える人、黙々と草を抜く人、収穫したものの値段を「これ、いくらで売れるの?」と聞く人、その一つ一つの行動が、「その人らしさ」として立ち上がってくるのです

園芸や農作業は、「うまくできるかどうか」を評価する場ではなく、「その人がどのようにかかわるか」を大切にできる場です。だからこそ、言葉でのやり取りが難しくなっても、活動の中で「その人らしさ」が伝わり、関係が生まれていきます。


リスクとどう向き合うのか

一方で、「危なくないの?」「リスクがあるのではないか?」といった声も聞こえてきそうです。

たとえば、土を口に入れてしまう、足元が不安定な中で転んでしまうといったリスクは実際に起こり得ます。こうした点を考えると、「安全ではないのではないか」と感じることも自然なことです。しかし、ここで大切なのは、「安全だから行う」「危ないからやめる」と単純に分けてしまうことではありません。

私たちの日常生活を振り返ってみてください。完全なリスクのない活動はあるでしょうか。料理も包丁や火を使いますし、どれだけ屈強なアスリートでも外出すれば転倒する可能性もあります。それでも、それらをすべて避けて生活することは現実的ではありません。

園芸や農作業も同じように、「リスクがあるからやめる活動」ではなく、「リスクと価値のバランスを考えながらかかわる活動」として捉えることが重要ではないでしょうか。

たとえば、見守り位置を調整する、動きやすい環境を整える、扱いやすい作業や道具を選ぶといった工夫によってリスクを下げることは可能です。

そして、そのように調整された環境の中で生まれる「できた」という経験や、「その人らしさが現れる瞬間」には、それ以上の価値があるとも考えられます。つまり、大切なのは、リスクをゼロにすることではなく、その人にとって意味のある関わりを、どのように安全に支えていくかという視点かもしれません。


まとめ

認知症があると、「できないこと」に目が向きやすくなります。しかし実際には、環境やかかわり方によって、「できること」が自然に現れてくる場面があります。

園芸や農作業の中では、何をすればよいかがわかりやすい環境が整っていること、これまでの経験に根差した動きが引き出されること、そしてその人らしいかかわり方が尊重されることが重なり、「できる」という実感が生まれます。

一方で、そこにはリスクも存在します。だからこそ、大切なのは、「できるか・できないか」で判断するのではなく、「どのようにかかわれば、その人にとって意味のある時間になるか」と考えることです。

植物と関わる時間の中には、その人がその人らしくいられる瞬間が、静かに残されています。私たちにできるのは、その時間を、無理なく、そして安全に支えていくことなのかもしれません。

 参考文献

  1. Detweiler MB, Sharma T, Detweiler JG, Murphy PF, Lane S, Carman J, Chudhary AS, Halling MH, Kim KY. What is the evidence to support the use of therapeutic gardens for the elderly? Psychiatry Investig. 2012 Jun;9(2):100-10. doi: 10.4306/pi.2012.9.2.100. Epub 2012 May 22. PMID: 22707959; PMCID: PMC3372556.
  2. Gibson, J.J. (2014). The Ecological Approach to Visual Perception: Classic Edition (1st ed.). Psychology Press. https://doi.org/10.4324/9781315740218
  3. Soga M, Gaston KJ, Yamaura Y. Gardening is beneficial for health: A meta-analysis. Prev Med Rep. 2016 Nov 14;5:92-99. doi: 10.1016/j.pmedr.2016.11.007. PMID: 27981022; PMCID: PMC5153451.
  4. van Halteren-van Tilborg, I. A., Scherder, E. J., & Hulstijn, W. (2007). Motor-skill learning in Alzheimer's disease: a review with an eye to the clinical practice. Neuropsychology review, 17(3), 203–212. https://doi.org/10.1007/s11065-007-9030-1

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この記事の著者

中井 秀昭

中井 秀昭

作業療法士 / MUP

プロフィール詳細

1981年大阪府生まれ。作業療法士(OT)。京都橘大学健康科学部作業療法学科専任教員。大阪公立大学大学院・博士課程に在籍し、地域リハビリテーションと職能育成の双方から“暮らしの再構築”に取り組む。研究テーマは、①農業×福祉の協働(農福連携)と通所介護における農作業導入の多面的効果、②OT教育におけるパラスポーツを用いた障がい理解・職業アイデンティティの形成過程、③初期キャリアOTのワーク・エンゲイジメントとジョブ・クラフティング(JD-Rモデル)など。量的・質的を統合する混合研究やスコーピングレビュー、縦断調査を用い、臨床・教育・制度設計に接続可能な実装知を志向する。学会・行政・NPO・事業所等と協働しながら、通所現場のアウトカム評価、パラスポーツ教育のカリキュラム開発、障害福祉領域の人材育成にも携わる。プライベートではフットサルや遠泳、バトミントンなどを仲間と楽しむ。座右の銘は、「旗を上げよ、まず一歩」。

この記事はリハマッチ監督チームにより監修されています

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