はじめに
筆者はこれまで作業療法士としてリハビリテーションに携わってきました。今回、医療専門職とともにスイスのリハビリ施設を訪れる機会を得ました。現地の医療制度やリハビリの仕組みを学ぶ中で、日本とは異なる考え方や制度の特徴を知ることができました。
日本をスイスはどちらも世界有数の長寿国ですが、医療制度の仕組みや医療の考え方にはいくつかの違いがあります。本稿では、視察を通して見えてきたスイスの医療制度の特徴を紹介します。
日本と並ぶ長寿国、スイス
スイスはヨーロッパの中央に位置する人口約900万人の小さな国です1)。アルプスの豊かな自然や金融都市として知られていますが、平均寿命の高さでも世界トップクラスに位置しています。
日本は、長寿国としてよく知られていますが、スイスも長寿国の一つです2)。両国とも高齢化が進んでいる点は共通しており、高齢社会に対応する医療制度の整備が重要な課題となっています。
しかし、その制度を見てみると、日本とスイスではいくつかの特徴的な違いがあります。

医療保険は「自分で選ぶ」
日本では国民皆保険制度のもと、健康保険や国民健康保険に加入し、比較的低い自己負担で幅広い医療を受けることができます3)。一方、スイスでも全ての国民が医療保険に加入する義務がありますが、加入する保険会社は自分で選ぶ仕組みになっています4)。
さらに、スイスでは免責額制度があり、年間の自己負担額を300~2500スイスフラン(日本円で約59,869円~498,907円※2026年4月3日時点)の範囲を自分で設定します。設定した金額に達するまでは医療費を自己負担し、その後は医療費の一部のみを負担する仕組みです。
免責額を高く設定すると保険料は安くなり、低く設定すると保険料は高くなります。つまり、自分の生活状況や健康状況に応じて医療保険を選ぶことができる制度になっています。
また、日本同様にスイスでも自費での医療も盛んに行われていました。もちろん金額によってシステムは変わるのですが、ホテルのような入院施設があり、日本円で1日100万円超えの施設もあるとのこと。
そのような施設は、スイスの環境を活かした設計であるため、中東はじめ世界各地から、富豪級の方がバカンスの一つとして入院しているそうです。特に、スイスには温泉が多いことから、昔からこのような保養目的で利用されてきました5)。
自然の中でのリハビリも人気があり、登山や乗馬療法、動物療法なども積極的に行われています。乗馬療法には歩行訓練と同じ有酸素効果があるといわれており、訓練後には発汗するためウォーキング感覚で取り組むことができます6)。
また、動物療法には、患者だけでなく療法士自身の心も豊かににする効果もあるため、療法士側の冷静な判断にもつながるという利点があります7)。ジムのようなトレーニング感覚で、医療を受けながら体も良くしたいという方も多く利用されていました。



実際にそのような施設を利用している人にお話を聞いたところ、そこでの1カ月はあっという間であり、毎年利用しているとのこと。まるで旅行感覚でリハビリを楽しんでいるかのようでした。
筆者が視察に行った地域は、観光地であったこともあり、このような利用をする人は特に多いとのこと。日本とはスケールが違いすぎる所もあり、驚きの毎日でした。
このように、スイスの医療制度には「医療を自分で選択する」という考え方が強く反映されていると感じました。
リハビリは「社会復帰までを支える」
リハビリテーションの役割についても、日本とスイスでは少し異なる印象を受けました。日本では、急性期・回復期・生活期といった段階に応じてリハビリを提供する仕組みが整備されています。
特に、回復期リハビリテーション病院では、長く入院する患者も多く、一つ一つ動作を獲得し安全に退院していただくことが多いです8)。また、退院後は訪問リハビリ等、介護保険制度の中で生活を支える広い範囲での体制となっています。
スイスの医療機関では、「社会復帰」に向けた支援を非常に早い段階から手厚く実施していました。職場・職種に合わせた作業能力の評価を細かく行っている印象でした。
具体的には、職場復帰後のプランニングや作業能力の評価・治療を担当するスタッフが必ず配置され、そこを中心に、復帰後の職場とも連携を取ります。
ポイントは、この社会復帰の担当者です。日本でいうソーシャルワーカーに加え作業療法士の要素が詰まった職種が存在するのです。患者にとっては非常に安心できる存在だといえます。
そして、短期間集中型のトレーニングを展開してしるため、長くても1カ月程度の入院期間となっています。それもスイスの医療保険が大きく関与しているのではないかと感じました。
また、基本的な考え方としては、入院時から身体・生活機能の回復と社会復帰を一体的に行うことを大前提として考えます。その為、病状が重く、社会復帰が困難な方はリハビリ病院対象ではなく、重症者専門病院への入院となります。
リハビリの対象となる条件が明確
視察の中で特に印象的だったのが、リハビリの対象となる患者の条件です。スイスでは、リハビリの対象として主に次の三つの要素が重視されていました。
- リハビリによって改善する可能性があること
- 患者本人に回復の意欲があること
- リハビリを行うための栄養状態や体力が保たれていること
これらの条件を満たす患者に対して、集中的なリハビリが提供されます。
日本では比較的幅広く、重症患者に対しても等しくリハビリが提供されますが、スイスでは医療資源を効率的に活用するため、対象者を明確にしている点が特徴的でした。
海外を見て気づく日本の医療の強み
スイスの医療制度は合理的で医療の質も高いことで知られています。しかし、今回の視察において日本の医療制度の良さにも改めて気づくことができました。
日本では比較的低い自己負担で医療を受けることができ、全国どこでも一定水準の医療サービスが提供されています。また、急性期から在宅までリハビリが継続して提供される仕組みも整っています。
一方で、日本でも高齢化の進行に伴い、医療費の増加や医療人材の確保といった課題が今後重要になっていくと考えられます。
スイスでも医療従事者の不足が問題となっており、外国人医療者の受け入れが進められています。筆者らを案内してくれたスタッフもほとんどが外国人の方でした。毎日ドイツから車通勤している理学療法士もいました。
このように、医療制度にはそれぞれの社会背景があり、どの国にも強みと課題があることを実感しました。
今回のスイス視察を通して、医療制度やリハビリテーションの考え方は国によって大きく異なることを学びました。しかし、医療の目的はどの国でも共通しています。それは、人々が健康を取り戻し、社会の中で自分らしく生活できるように支えることです。
海外の制度を知ることは、日本の医療を見直すきっかけにもなります。世界でもトップクラスの長寿国である日本ですが、今後の高齢社会の中で、医療やリハビリのあり方も変化していくでしょう。
次回は、実際にスイスで行われている、リハビリ・トレーニングの特徴をお伝えします。
お楽しみに。
参考資料
- 外務省-スイス連邦基礎データ. 2026
- 世界の平均寿命ランキング・国別順位(2024年版)
- 公的医療保障制度と民間医療保険に関する国際比較-公的財源の役割分担とその機能-. 成城・経済研究. 2012. 196
- 佐藤由里子. スイスの医療,精神医療,スイスの日本人. 臨床精神医学. 2015. 44(4)
- 殿山希, 他. スイスの温泉地バーデンのマッサージ・手技療法・補完代替医療. 日温気物医物誌. 2014. 77(4)
- 倉垣弘彦. 第5回動物介在教育・療法学会学術大会. 2012
- 龍由季乃, 他. 高齢者に対する動物介在療法における効果と医療従事者に関連したその考察. 日本老年療法学会誌. 2024. 3
- 回復期リハビリテーション病棟における脳卒中患者に対する自主練習の考え方. 理学療法学. 2024. 51(3)
