これからは、AIを単なる事務効率化の道具として扱うのではなく、働く環境そのものを整えるために活用していく必要があります。 よって、苦手な作業を本人の努力だけで乗り越えさせるのではなく、仕事の方を人に合わせる視点が重要となります。 例えば、胡蝶蘭の選定や画像認識、プログラミングなどの技術を活用して作業の判断を補助することは、障害のある人だけでなく、誰もが働きやすい職場環境の実現につながると考えています。
はじめに -AIは、働く環境を変える道具にもなる-
近年、生成AIや画像認識技術は急速に発展し、医療、介護、教育、製造業など、さまざまな分野で活用されるようになっています。 障害のある人の就労支援の現場でも、AIを使って記録整理や書類作成、情報共有など、支援者の事務作業を効率化する取り組みが進んでいます。こうした活用は、支援者の負担を軽くするうえで大切なものです。
しかし、AI活用の可能性はそれだけではありません。 筆者が特に重要だと感じているのは、AIが「働く環境そのものを整える道具」になり得るという点です。
これまで専門的で難しいとされてきたプログラミングや画像認識の技術が、AIの登場によって、以前よりも身近に扱えるようになってきました。
筆者は現在、AIや画像認識を活用した就労支援の研究に取り組んでいます。 その一例として、胡蝶蘭の状態を画像から判定し、選定作業を支援するシステムを開発しました。 従来であれば高度なプログラミング技術が必要だった開発も、AIを活用することで、半年ほどで試作できる段階まで進めることができました。
この経験から感じるのは、これからの就労支援では、本人のコミュニケーション力や作業能力を高める支援だけでなく、「働きにくさを生み出している作業環境をどう変えるか」という視点1)がますます重要になるということです。 本稿では、AIを活用した新しい就労支援の可能性について考えます。
- ▶AIは、支援者の事務作業を効率化するだけの道具ではない
- ▶AIや画像認識は、働く環境を整える技術として活用できる
- ▶苦手な作業を本人の努力だけで乗り越えさせるのではなく、作業そのものを支援しやすくする視点が大切
- ▶障害のある人が働きやすい環境づくりは、誰にとっても働きやすい職場づくりにつながる
- ▶これからの就労支援者には、技術の進歩にアンテナを立てる姿勢が求められる
AIが広げる就労支援の可能性
事務作業の効率化から、働く環境の整備へ
現在、就労支援の現場でのAI活用は、記録の整理、文章作成、書類作成、情報共有など、支援者の業務負担を軽くする目的で使われることが多いように感じます。 もちろん、それは大切な活用方法です。支援者の事務作業が軽くなれば、利用者と向き合う時間を確保しやすくなります。
一方で、AIの本当の面白さは、もう少し別のところにもあります。 それは、これまで専門家でなければ難しかった技術活用のハードルを下げ、現場の課題に合わせた支援ツールを作りやすくしたことです。
プログラミングや画像認識と聞くと、以前は専門的で遠い世界の話に感じられました。しかし今は、AIを使いながら、現場で必要な仕組みを少しずつ形にできる時代になっています。
胡蝶蘭の選定作業を支援するシステムの開発
私が取り組んでいる例の一つに、胡蝶蘭の選定作業を支援するシステムがあります。 胡蝶蘭の出荷に関わる作業では、花や蕾の状態を見分ける必要があります。しかし、こうした判断は経験に左右されやすく、作業に慣れていない人にとっては難しい場合があります。 写真2は胡蝶蘭の選定作業の実際の現場です。この中から出荷可能な胡蝶蘭を選定することは本当に大変な作業です。
そこで、筆者らは画像認識の技術を用いて、胡蝶蘭の状態を判定し、作業を支援する仕組みを開発しました。 これにより、経験の浅い人でも判断しやすくなり、作業の不安を減らすことが期待できます。
大切なのは、本人に「もっと頑張って見分けられるようになりましょう」と求めるだけではないということです。 判断が難しい作業であれば、判断しやすくなる仕組みを作る。間違いやすい作業であれば、間違いにくい環境を作る。AIや画像認識は、そのための具体的な道具になります。
障害のある人がしにくい作業は、多くの人にとってもしにくい作業である
就労支援では、本人の苦手さに注目することが多くあります。 それらはコミュニケーションが苦手である、作業の判断が難しい、集中が続きにくい、ミスが出やすいなどです。こうした課題に対して、本人の練習やリハビリテーション、支援者の声かけが行われてきました。
しかし、ここで考えたいのは、その作業そのものが本当にやりやすい形になっているのかということです。 障害のある人がしにくい作業は、実は一般の人にとってもしにくい作業である場合があります。 手順がわかりにくい、判断基準があいまい、見分けるポイントが言葉にされていない、ミスが起きても気づきにくい、こういった環境では誰にとっても働きにくさが生まれます。
だからこそ、就労支援では「本人だけを仕事に合わせる」だけでなく、「仕事の方を人に合わせる」視点が必要です。 AIや画像認識を使って、作業の判断を補助したり、手順を見える化したり、ミスを減らす仕組みを作ったりすることは、障害のある人だけでなく、共に働くすべての人にとって意味のある支援になります2)。
これからの就労支援者に必要な視点
これからの就労支援者には、利用者のコミュニケーション力や生活力を支援するだけでなく、働く環境を整備し、生産性を高める視点が必要になると考えています。
「この人はこの作業が苦手だから難しい」と考えるのではなく、「この作業はどこが難しいのか」、「どの部分を見える化すればよいのか」、「AIやデジタル技術を使えば、どこを補えるのか」と考えることが重要です。
これは、障害のある人を特別扱いすることではありません。誰もが働きやすい環境を作ることです。 技術を使って働きやすさを整えることは、本人の可能性を広げるだけでなく、職場全体の生産性や安定にもつながります。
そのためには、支援者自身もAIや画像認識、デジタル技術の発展にアンテナを立てておく必要があります。 すべてを専門家のように扱う必要はありません。しかし、「この技術を使えば、現場の困りごとを少し変えられるかもしれない」と考える姿勢が、これからの就労支援には求められます。
AI活用が目指すもの
AIを使う目的は、人の仕事を奪うことではありません。また、障害のある人に無理をさせるためのものでもありません。むしろ、これまで働きにくさを感じていた作業を、少しでも取り組みやすくするための道具として考えることが大切です3)。
仕事の中には、判断が難しい作業、覚えることが多い作業、ミスが許されにくい作業があります。 そうした作業をすべて本人の努力だけで乗り越えようとすると、大きな負担になります。
しかし、AIや画像認識を活用すれば、判断を補助する、手順を確認しやすくする、作業の見落としを減らすといった工夫が可能になります。
こうした支援は、障害のある人の「苦手」を補うだけでなく、「できる」を広げることにつながります。 そして、誰もが働きやすい環境を作ることは、共に働く社会を実現するための具体的な一歩になります。
まとめ
AIを活用した就労支援は、支援者の事務作業を効率化するだけではありません。 AIや画像認識を使うことで、これまで難しかった作業を見える化し、判断を助け、働きやすい環境を作ることができます。
私が取り組んでいる胡蝶蘭の選定作業を支援するシステムは、その一例です。 これまで専門的で難しいと感じられていた技術支援も、AIを活用することで、現場に合わせた形で実現しやすくなっています4)。
これからの就労支援では、本人の苦手さを支援するだけでなく、仕事や環境の側を整える視点が重要です。 障害のある人がしにくい作業は、多くの人にとってもしにくい作業かもしれません。その作業をAIやデジタル技術で整えることは、障害のある人だけでなく、共に働くすべての人にとって意味があります。
- ✓「苦手」を本人だけの問題にしない
- ✓「できない」を環境の工夫で変えていく
- ✓AIは、そのための新しい選択肢になりつつある
- Marinaci, T., Russo, C., Savarese, G., Stornaiuolo, G., Faiella, F., Carpinelli, L., Navarra, M., Marsico, G., & Mollo, M. (2023). An Inclusive Workplace Approach to Disability through Assistive Technologies: A Systematic Review and Thematic Analysis of the Literature. Societies, 13(11), 231.
- International Labour Organization.(2025年10月6日).AI's double-edged sword: A new frontier for employment of people with disabilities? ILO.https://www.ilo.org/resource/article/ais-double-edged-sword-new-frontier-employment-people-disabilities
- Job Accommodation Network.(n.d.).How artificial intelligence impacts workplace accommodation.https://askjan.org/articles/How-Artificial-Intelligence-Impacts-Workplace-Accommodation.cfm(2026年6月8日閲覧)
- Desmond, M., Duesterwald, E., Isahagian, V., & Muthusamy, V. (2022). A No-Code Low-Code Paradigm for Authoring Business Automations Using Natural Language. arXiv:2207.10648.
