進行性核上性麻痺(PSP)は、脳にタウタンパク質が蓄積することで発症する進行性の神経変性疾患であり、初期症状がパーキンソン病に酷似しているため見過ごされやすい難病です。 しかし、パーキンソン病が前かがみ姿勢になるのに対し、PSPは「体が後ろへ反り返る姿勢」になり、段差がない場所で後ろ向きに転倒を繰り返す特徴があります。 さらに、下を見る動きが制限される「下方視障害」により足元が見えにくくなり、パーキンソン病の薬が効きにくい点も重要な識別サインです。 完全に治す治療法はありませんが、脳のMRI検査(中脳の萎縮)等で早期診断を受け、リハビリテーションや手すり設置などの住宅改修、指定難病の医療費助成を早い段階から導入することが、住み慣れた自宅での安全な生活を長く維持するための鍵となります。
はじめに
「最近よく転ぶようになった」、「歩くスピードが遅くなった」、「階段を降りるのが怖い」「パーキンソン病と言われたけれど薬が効いている気がしない」、このような症状がある場合、進行性核上性麻痺(Progressive Supranuclear Palsy:以下PSP)という病気が隠れている可能性があります。
PSP(進行性核上性麻痺)は、脳の神経細胞が徐々に障害される神経変性疾患の一つです。発症年齢は60~70歳代に多く、転倒しやすさや歩きにくさ、目の動きの異常、認知機能の低下などが少しずつ進行していきます。
パーキンソン病と比べると患者数は少ない病気ですが、高齢化に伴い診療やリハビリテーションの現場で出会う機会は少なくありません。初期症状がパーキンソン病と似ているため、診断までに時間がかかることがあります。
私たち療法士がリハビリテーション臨床で関わる中でも、「転倒による骨折や頭部外傷をきっかけに診断へつながった」というケースは少なくありません。 本来の診療科は神経内科ですが、整形外科や脳神経外科の受診をきっかけに発見されることもあります。
現在のところ、PSP(進行性核上性麻痺)の進行を完全に止める治療法はありません。しかし、早期に診断されることで、転倒予防やリハビリテーション、福祉用具の活用、住宅改修などを早い段階から行うことができます。 特に「転倒が増えた」、「足元が見えにくい」、「パーキンソン病の薬が効きにくい」という症状は、PSPを疑う重要なサインです。
今回はリハビリテーション専門職の視点から、PSP(進行性核上性麻痺)の特徴やパーキンソン病との違い、早期受診の重要性について解説します。
進行性核上性麻痺とはどのような病気なのか
PSP(進行性核上性麻痺)は脳の神経細胞の中に異常なたんぱく質であるタウタンパク質が蓄積することで発症する病気です。脳の中でも、特に以下の機能をもつ部位が障害されます。
- ▶体のバランスを保つ部分
- ▶目を動かす部分
- ▶姿勢を調整する部分
- ▶注意や判断を行う部分
病気の進行速度には個人差がありますが、多くの場合は数年かけて徐々に症状が進行します。その結果、転倒しやすくなったり、目の動かしにくさや飲み込みにくさ、認知機能変化などさまざまな症状が現れます。
進行性核上性麻痺の代表的な症状
PSP(進行性核上性麻痺)では、転倒の増加や目の動かしにくさ、歩行障害、認知機能の変化、飲み込みにくさなど、さまざまな症状が現れます。 症状の現れ方や進行の速さには個人差がありますが、早期に気づくことで適切な支援につなげることができます。ここでは、PSPでみられる代表的な症状について紹介します。
① 原因のわからない転倒が増える
PSP(進行性核上性麻痺)で最も特徴的な症状が転倒です。高齢になると誰でも転びやすくなります。しかしPSP(進行性核上性麻痺)の転倒には特徴があります。例えば、
- ▶何もない場所で突然転ぶ
- ▶後ろ向きに倒れる
- ▶振り向いた瞬間に転ぶ
- ▶数か月で転倒回数が急激に増える
といった様子がみられます。
私たち療法士は評価を行う際、「どのように転んだのか」を詳しく確認します。 加齢による筋力低下であれば段差や障害物が原因となることが多いですが、PSP(進行性核上性麻痺)では原因がないように見える転倒が繰り返されます。患者さん自身も「なぜ転んだのかわからない」と話されることがあります。
② 足元が見えにくくなる
PSP(進行性核上性麻痺)を特徴づける症状の一つが眼球運動障害です。特に下を見る動き(下方視)が障害されることが多く、初期には本人も気づきにくいことがありますが、
- ▶階段を降りるのが怖い
- ▶足元が見えない
- ▶段差につまずく
- ▶食事中に皿の中が見づらい
などの困りごととして現れます。
眼科で検査を受けても視力自体には問題がないことがあります。これは目そのものではなく、目を動かす神経の働きが障害されているためです。 療法士が患者さんと歩行練習を行う際も、視線を下に向けられないことで段差認識が難しくなり、転倒リスクが高くなります。 「最近足元が見えにくい」という訴えは、PSPを疑う重要なサインの一つです。
③ 歩き方や姿勢が変わる
PSP(進行性核上性麻痺)では歩き方にも特徴があります。
- ▶歩幅が小さい
- ▶動き始めが遅い
- ▶方向転換が苦手
- ▶足が前に出にくい
- ▶すくみ足がみられる
などの症状が現れます。一見するとパーキンソン病と似ています。 しかしPSP(進行性核上性麻痺)では体が後ろへ反り返るような姿勢になることがあります。パーキンソン病は前かがみになることが多いため、この違いは診断の手がかりになります。
また、歩く速度や距離だけでなく、方向転換や立ち上がりなどの日常動作にも影響が現れるため、早めの対応が大切です。
④ 認知機能の低下
PSP(進行性核上性麻痺)では認知機能にも影響が現れます。ただし、アルツハイマー病のような物忘れが最初から目立つわけではありません。
- ▶集中力が続かない
- ▶判断が遅くなる
- ▶段取りが悪くなる
- ▶意欲が低下する
といった変化がみられます。家族からは、「反応が遅くなった」、「以前より無口になった」、「何をするにも時間がかかる」と感じられることがあります。 これらは本人の性格や気持ちの問題ではなく、病気による症状です。
⑤ むせ込みや会話のしにくさ
病気が進行すると、
- ▶声が小さくなる
- ▶ろれつが回らない
- ▶食事中によくむせる
- ▶水分で咳き込む
などの症状が現れます。特に飲み込みの障害は誤嚥性肺炎につながります。誤嚥性肺炎は高齢者の入院原因としても多く、PSP(進行性核上性麻痺)患者さんの生活の質や生命予後に大きく影響します。 そのため早期から嚥下評価を受けることが重要です。
パーキンソン病との違い
PSP(進行性核上性麻痺)は初期症状がパーキンソン病に似ています。そのため最初はパーキンソン病と診断されることも少なくありません。しかし実際にはいくつかの違いがあります。
| 項目 | 進行性核上性麻痺(PSP) | パーキンソン病 |
|---|---|---|
| 転倒 | 早期から多い | 比較的後期 |
| 目の動き | 上下に動かしにくい | 通常は保たれる |
| 姿勢 | 後ろへ倒れやすい | 前かがみ |
| 認知機能 | 比較的早期から変化 | 後期に出現することが多い |
| 薬の効果 | 効果が限定的 | 比較的良好 |
私たち療法士が特に注目するのは、「転倒が増えている」、「足元が見えにくい、階段を降りにくい」、「パーキンソン病の薬が効きにくい」です。この3つがそろう場合はPSP(進行性核上性麻痺)の可能性を考えます。
診断はどのように行われるのか
診断ではまず神経内科医が症状を詳しく確認します。その後、
- ▶歩き方やバランスの状態
- ▶目の動き
- ▶認知機能
などを評価します。
さらにMRI検査や脳血流検査を行い、脳の状態を詳しく調べます。PSP(進行性核上性麻痺)では、中脳と呼ばれる部分が萎縮していることがあり、診断の参考になります。最終的には症状や身体所見、画像検査の結果を総合して診断されます。
また、PSP(進行性核上性麻痺)は国の指定難病に定められており、一定の条件を満たすと医療費助成を受けることができます。
早期受診が重要な理由
現在PSP(進行性核上性麻痺)を完全に治す治療法はありません。しかし早期に診断されることで、
- ▶転倒予防指導
- ▶リハビリテーション
- ▶福祉用具の導入
- ▶住宅改修
- ▶嚥下機能の評価
- ▶介護保険サービス利用
- ▶指定難病の医療費助成
などを早期から始めることができます。
病気の進行を止めることは難しくても、「転ばない環境を整える」、「安全に食事を続ける」、「住み慣れた自宅での生活を長く続ける」ことは十分可能です。 そのためにも、転倒が増えた、足元が見えにくい、パーキンソン病の薬が効きにくいといった症状がある場合は、早めに神経内科へ相談することが大切です。
進行性核上性麻痺の事例紹介
50代の男性Aさんは、1年ほど前から転びやすさを感じるようになっていました。特に階段を降りる際に足元が見えにくく感じることが増え、自宅内でも振り向いた際によろけることがありました。 しかし、「年齢のせいだろう」と考え、医療機関は受診していませんでした。
ある日、自宅で転倒したことをきっかけに整形外科を受診した際、これまでの転倒歴や動作の変化について詳しく相談しました。 その後、神経内科で精密検査を受けた結果、進行性核上性麻痺(PSP)と診断されました。
診断後は、療法士によるリハビリが開始され、転倒しにくい動作方法の練習やバランス訓練、自宅環境の見直しが行われました。また、玄関やトイレへの手すり設置、段差の解消などの住宅改修を行い、家族も転倒予防のポイントを学びました。
その結果、Aさんは趣味であった近所の散歩を続けることができ、妻と一緒に買い物へ出かけるなど、これまでの生活を大きく変えることなく過ごすことができています。 現在も定期的に外来通院とリハビリを継続しながら、住み慣れた自宅で生活しています。
この事例は、「転倒が増えた」というサインを見逃さず、早期に診断や支援につなげることの重要性を示しています。PSP(進行性核上性麻痺)を治すことは難しくても、リハビリや福祉用具、住宅改修などを早期から活用することで、安全に活動を続け、その人らしい生活を長く維持できる可能性があります。
おわりに
PSP(進行性核上性麻痺)は、転倒しやすさや目の動かしにくさを特徴とする神経難病です。 特に「転倒が増えた」、「足元が見えにくい」、「パーキンソン病の薬が効きにくい」といった症状は、PSP(進行性核上性麻痺)を疑う重要なサインになります。
PSP(進行性核上性麻痺)は進行性の病気であり、現在のところ病気そのものを完全に治す治療法はありません。しかし、早期に診断を受けることで、転倒予防のためのリハビリテーションや住宅改修、福祉用具の導入、嚥下機能への対応などを早い段階から行うことができます。
その結果、転倒や誤嚥による合併症を予防しながら、住み慣れた地域や自宅での生活を長く続けられる可能性があります。私たち療法士は病気を治すことはできませんが、その人ができるだけ安全に、その人らしく生活できるよう支援することができます。
また、患者さん本人だけでなく、ご家族の不安や介護負担を軽減することも重要な役割の一つです。 「年齢のせいだろう」、「運動不足だから仕方ない」と考えてしまう症状の中に、実は病気のサインが隠れていることがあります。
転倒が増えた、足元が見えにくい、薬が効きにくいといった変化に気づいたときは、一人で悩まず早めに神経内科へ相談してください。早期の診断と適切な支援が安全でその人らしい生活を続けるための大切な第一歩となるのです。
- ✓PSP(進行性核上性麻痺)は転倒の増加、下方視障害、後方への姿勢変化などを特徴とする神経難病
- ✓パーキンソン病と症状が似ているが、姿勢・薬の効果・認知機能の出現時期に違いがある
- ✓MRI検査(中脳の萎縮)等を含めた総合的な評価で診断される
- ✓完治させる治療法はないが、早期のリハビリ・住宅改修・医療費助成の活用が生活の質を支える
- ✓転倒や足元の見えにくさが増えたら、早めに神経内科への相談を
- 進行性核上性麻痺(PSP)診療ガイドライン2020.神経治療学.2020;37(3):435-493.
- Höglinger GU, et al. Clinical Diagnosis of Progressive Supranuclear Palsy: The Movement Disorder Society Criteria. Movement Disorders. 2017;32(6):853-864.
- 角南貴司子.進行性核上性麻痺(Progressive Supranuclear Palsy).Equilibrium Research.2023;82(2):61-67.
- 市原典子.進行性核上性麻痺患者における嚥下障害の特徴と対策.国立医療学会誌.2005;59(9):491-496.
