要約
- 脊髄損傷とは: 脳と全身をつなぐ脊髄が損傷し、手足の運動麻痺や感覚障害、排泄(排尿・排便)障害、自律神経や呼吸の乱れなど、全身に多様な症状を引き起こす状態です。
- 主な原因: 交通事故や転落などの「外傷性」だけでなく、腫瘍や炎症などの「非外傷性」があります。特に高齢者の場合、自宅内の軽微な転倒でも発症するリスクが高いのが特徴です。
- 予後の決定要因: 回復の見込み(予後)は単一ではなく、損傷レベル(部位)、完全損傷か不完全損傷か(ASIA分類)、合併症の有無、そして退院後のリハビリ環境によって大きく左右されます。
- 今すぐできること: 診断直後の不安を解消するためには、まず自身の正確な病態を把握し、病院の枠を超えて十分なリハビリ量を確保できる体制(自費リハビリの活用など)を整えることが、その後のQOL(生活の質)向上に直結します。
はじめに
脊髄損傷と診断されたときに多くの方がまず不安になるのは
- 「これから動けるようになるのか」
- 「歩ける可能性はあるのか」
- 「今まで通りの生活はできるのか」
といった不安ではないでしょうか。
実際、脊髄損傷では、損傷した部位の高さ(レベル)によって、現れる症状や重症度が大きく異なります。
脊髄損傷は脳から体へ、体から脳へ情報を伝える大切な神経の通り道である脊髄が傷つくことで起こります。手足の動きや感覚だけでなく排尿や排便、血圧や体温調節など生活に関わるさまざまな機能に影響することがあります。脊髄損傷の状態は、一人ひとり異なります。損傷した場所や程度により現れる症状、予後も大きく変わります1)2)。
そのため、まず大切なのは「脊髄損傷とはどんな状態なのか」を正しく知ることです。
この記事では、脊髄損傷の症状・原因・予後について、できるだけわかりやすく解説します。
脊髄損傷とは何か
脊髄は背骨の中を通っている神経の束で、脳と全身をつなぐ役割を担っています。脊髄が傷つくことで脳からの命令が手足に伝わりにくくなり、逆に体からの感覚も脳へ届きにくくなります。そのため、脊髄損傷では主に以下のような問題が起こります2)3)4)。
脊髄損傷で起こる主な問題
- 手足が動かしにくくなる
- 感覚が鈍くなる、または全くわからなくなる
- 排尿や排便の調整が難しくなる
- 血圧や発汗など自律神経の働きに影響が出る
脊髄損傷は単にけがをしたというだけではなく、その後の生活全体に影響してくる状態です。そのため、早い段階で正しく理解することが大切です。
特に、脊髄損傷はレベル(何番目の脊髄を損傷したか)によって症状が違うという視点をもつことが重要です。
脊髄損傷の主な原因
脊髄損傷の原因は、大きく外傷性と非外傷性に分けられます2)。
脊髄損傷の主な原因
<外傷性脊髄損傷>
- 交通事故
- 転落
- 転倒
- スポーツ外傷
などが原因になります。
<非外傷性脊髄損傷>
- 脊髄腫瘍
- 脊髄の炎症
- 血流障害
- 加齢による変性疾患
などが原因となることがあります
高齢者の場合、「家の中で転んだ」「ベッドから少しずり落ちた」といった日常生活の中の軽微な転倒であっても、頚髄損傷を発症するケースが臨床現場で非常に多く見られます。近年の国内統計データでも、外傷性脊髄損傷の原因として「転倒・転落」が全体の約半数を占めており、特に高齢者層で急増しています。
理学療法士として多くの患者さまと向き合ってきた経験からも、「これくらいの段差なら大丈夫」という油断が一生の麻痺につながる恐れがあるため、事前の徹底した環境調整(手すりの設置や段差解消)が極めて重要です。
脊髄損傷の5大症状|運動麻痺から排泄・呼吸障害まで
脊髄損傷の症状は損傷した場所や重症度によって異なります2)3)4)。
脊髄損傷の症状
①運動麻痺
- 力が入りにくい
- 手足が動かしづらい
- 全く動かせない
このような症状がでます。
首に近い頚髄が損傷すると腕と脚の両方に影響しやすく、胸や腰に近い胸髄や腰髄では主に体幹や脚に影響が出ます。
②感覚障害
- 触られている感覚がわからない
- 温度がわかりにくい
- しびれがある
といった症状も起こります。
③排尿・排便障害
排尿・排便の問題も重要です。
- 尿が出にくい
- 尿漏れが起こる
- 便秘になりやすい
自らの意思で排尿排便をすることが困難となり、日常生活を行う上で大きな問題点となることがあります。
④自律神経症状
血圧や汗、体温調整にも関わっています。
- 急に血圧が下がる
- 汗が出にくい
- 暑さ・寒さに弱くなる
⑤呼吸障害
首に近い位置の脊髄損傷では、呼吸に必要な筋肉にも影響が出ます。
- 痰が出にくい
- 深呼吸しづらい
- 呼吸そのものが難しくなる
重症の場合は、人工呼吸器が必要となります。
上記のように、単に麻痺だけでなく、感覚、排泄、自律神経、呼吸まで含めて様々な問題点が出る可能性があります2)3)4)。
脊髄損傷の予後(回復)を左右する4つの決定要因
脊髄損傷の予後は、一つの要素だけで決まるものではありません。主に次のような点が関係します2)3)。
脊髄損傷の予後に関わる条件
①損傷した場所
脊髄のどの高さが傷ついたかによって、影響を受ける部位が変わります。これを理解するうえで大切なのが損傷レベルです。脊髄損傷のレベルと症状の関係を知ることは、予後を考えるうえでも重要です。
②損傷の程度
神経が完全に損傷しているのか、一部残っているのかによって、回復の可能性は変わります。
これを「完全損傷」「不完全損傷」と呼び、国際的な評価基準である「ASIA分類」を用いて世界共通の尺度で厳密に評価されます。
③合併症の有無
呼吸障害、感染症、褥瘡、排尿障害などの合併症があるとリハビリテーションの進み方にも影響します。
④リハビリテーションや生活環境
脊髄損傷では、身体機能だけでなく
- 家族のサポート
- 住宅環境
- 福祉サービス
これらも、その後の生活に大きく関わります。
脊髄損傷とどう向き合うか
脊髄損傷と診断された直後に、「治るのか」と考えるのは自然なことです。
しかし、この問いに一言で答えることはできません。損傷した場所、損傷の程度、受傷からの時間、合併症、リハビリテーションの経過などは一人一人異なるため、総合的に考えていく必要があります。
また、「回復」という言葉も「元通りになる」ことだけを意味するわけではありません。残っている機能を引き出し、自分らしい生活を取り戻していくことも、重要な回復の一つです。
脊髄損傷でどのレベルでどのような症状が出ているのかを正しく把握することが大切です。
まとめ
脊髄損傷は脊髄が障害されることで、運動、感覚、排尿排便、自律神経、呼吸など、生活に関わるさまざまな機能に影響が出る状態です。
原因は外傷だけでなく、腫瘍や炎症など多岐にわたります。脊髄損傷の予後を考えるには損傷した場所や程度、合併症、リハビリテーションの経過が必要です。
脊髄損傷のレベルと症状を正しく理解し、「自分は今どんな状態か」を整理していくことが大切です。
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参考文献
- American Spinal Injury Association, International Spinal Cord Society. International Standards for Neurological Classification of Spinal Cord Injury, Japanese worksheet. Richmond (VA): American Spinal Injury Association; 2024. Available from: ASIA official website.
- 田島文博. 脊髄損傷者に対するリハビリテーション. 脊髄外科. 2016;30(1):58-67.
- 佐々木貴之,他. 頚髄損傷患者における受傷から1年間の肺活量推移. 日本脊髄障害医学会誌. 2020;29(1):92-97.
- 脊髄損傷における下部尿路機能障害の診療ガイドライン. 2019.
