「機能を回復させてから生活で使う」のではなく「生活の中で使うことで機能を回復させる」という逆転の発想が重要となります。 よって、まずは手をテーブルに置く、紙や食器を軽く押さえるといった、麻痺の段階に応じた具体的な関わりから始める必要があります。 また、太い柄のスプーンや補助具を活用し、食事・整容・家事などの場面で少しずつ出番を増やすことが、動きの質の向上に直結します。 日常こそが最高のリハビリの場であると捉え、使用回数を増やす挑戦を継続しましょう。
はじめに
脳の病気によって片麻痺が起こると、手が思うように動かなくなります。 そのような際に行うリハビリテーションは、大きく以下2つに分けることができます。
- ▶手の機能を回復させるリハビリ
- ▶生活の中で使いながら回復させるリハビリ
以前は「まず手の機能を回復させてから生活で使う」という考え方が一般的でした。しかし今では、「生活の中で手を使っていくうちに、機能も良くなっていく」という考え方が一般的になっています。
今回は、手に麻痺がある方が、生活の中でどう手を参加させていくかについてわかりやすくお話しします。
上肢の麻痺には段階がある
手の使い方は、回復の段階に合わせることがとても大切です。ご自身の段階を知ると、 無理のない練習ができます。リハビリテーションの現場では、麻痺の回復段階を6つに区別しています(ブルンストロームステージ)。
専門用語は使わず、簡単に説明すると次のようになります。
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- ▶段階1:全く動かない
- ▶段階2:少しだけ動く
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- ▶段階3:腕を曲げる動きができてくる。指は握る方向にだけ動かせる
- ▶段階4:手のひらを上に向けたり下に向けたりできる。指をわずかに開く動きが出てくる
- ▶段階5:肘を伸ばしたまま腕を上げられる。指は開閉できる
- ▶段階6:ぎこちないが、ほとんどの動きができる
自分がどの段階にいるかで、生活での参加のさせ方が変わります。
どのように手を使っていけばいいのか
段階1〜2の方
「何もできない」と思われがちですが、実はできることがあります。
- ▶テーブルの上に手を置く
- ▶紙や食器を軽く押さえる
- ▶物に触れてみる(触れさせてみる)
まずは"手を生活の場に置く"ことから始めるのがおすすめです。
段階3〜4の方
思うように動かず、もどかしさが出やすい時期です。でも、この時期こそ 「少しずつ生活に参加させる」ことが大切です。
A-DOCH(エードックエイチ)をご存じですか?
A-DOCH(エードックエイチ)は、生活の中でどんな場面に麻痺手を参加させるかを、患者さん自身が選べるように開発された意思決定支援ツールです。 食事、整容、家事など、具体的な場面での手の使い方がイメージしやすく、作業療法士と一緒に使うことで、自分にとって重要な活動から取り組めます。 作業療法士の間でも最近よく使われているツールです。多数の場面がありますので、自分にあったものを自分で選ぶことができます。
段階5〜6の方
周りから見ると「どこが悪いのかわからない」と言われやすい時期です。 でも、本人は細かい動きの難しさを強く感じやすいと思います。
Motor Activity Log(MAL)をご存じでしょうか? 生活の中で、
- ▶どれくらい麻痺側の手を使っているか(使用頻度)
- ▶どれくらい上手に使えているか(使用の質)
MALは14項目の自己報告式ツールで、使用頻度と動きの質をそれぞれ数値で確認できます(30項目版もあります)。 まずは使う回数を増やすことが大切です。回数が増えると、少しずつ動きの質も良くなっていきます。 下記の表に記載されている14項目を思い浮かべてみてください。使用頻度の低いものから、取り組んでみてはいかがでしょうか?
利き手と非利き手について
生活が大きく変わり、不安も大きいと思います。箸や字を書くなど難しい動作は、作業療法士と一緒に練習するのが安心です。
「利き手があるから大丈夫」と思いがちですが、非利き手も生活に少しずつ参加させることが回復につながります。どちらの手も使うことが重要です。
事例紹介
ここでは、右利きで右手に麻痺がある方(回復段階はⅤ)の例をご紹介します。
【状況】
スプーンを右手で持つことはできますが、細かい動きが難しく、食事では左手を使っていました。 右手はいつも膝の上に置いたままで、食事の場面ではほとんど出番がありませんでした。
【対応のポイント】
①スプーンを持ちやすくする
細かい動きが苦手な時期は、柄(持つ部分)が太いスプーンの方が握りやすく、力も入りやすくなります。 まずは太い柄のスプーンを使って、「右手でスプーンを持つだけ」の練習から始めました。 太い柄は、太めのスプーンを100円ショップで買ったり、市販のスポンジやシリコンなどで対応することができます。
②テーブルの高さを調整する
机が高いと、腕全体に力が入りすぎてしまい、動きがぎこちなくなります。 そのため、肘の高さくらいの"少し低めのテーブル"で練習しました。 これだけで、腕の力みが減り、動かしやすさが大きく変わります。
③実際の食事で少しずつ右手を参加させる
練習に慣れてきたら、実際の食事の中で右手を使う時間を少しずつ増やしていきます。 最初は「全体の1割だけ右手を使う」くらいで十分です。 そこから 1割 → 2割 → 3割… と、ゆっくり増やしていきました。
④疲れやすいのでケアをしながら
麻痺のある手は、普段より疲れやすいことが多いため、ケアを行いながら使用することが重要です。 本事例では、指のマッサージや手のひらのストレッチ、さらに肘や肩の力を抜く練習を適宜取り入れながら、 右手を使える時間を少しずつ延ばしていきました。
【結果】
右手を使う機会が増えるにつれて、スプーンを持つ安定感が増え、ぎこちなさが減り、 食事の中で右手を使う時間が自然と増えていきました。 「使う回数が増えると、動きの質も良くなる」という良い循環が生まれたケースでした。 この方のように、少しずつ使うことで変化が出てきます。
家族ができる関わり
ご家族のサポートは、回復を大きく後押しします。
- ▶時間がかかっても見守る
- ▶麻痺側の手を使いやすいように物の位置や形を工夫する
- ▶できたことを一緒に喜ぶ
- ▶手伝いすぎず、必要なところだけサポートする
「手を使う機会を作る」ことが、回復を助けます。
おわりに
手の回復は、病院のリハビリだけで決まるものではありません。 日常生活そのものが、手のリハビリの場になります。 無理のない範囲で手を使う場面を増やし、少しずつ成功体験を積み重ねることで、手の動きは確実に変わっていきます。
1人で悩まず、主治医やリハビリテーション専門スタッフに相談しながら、 少しずつ手のリハビリテーションを進めていきましょう。
- ✓「生活の中で使うことで機能を回復させる」という考え方が現在の主流
- ✓麻痺の段階(ブルンストロームステージ)に合わせた手の使い方が重要
- ✓段階1〜2は"手を生活の場に置く"ところから、段階3〜4はA-DOCH、段階5〜6はMALが有効
- ✓利き手・非利き手どちらの麻痺でも、両手を使い続けることが回復につながる
- ✓使用回数を増やすことが動きの質の向上につながる「好循環」を生む
- ✓家族は「見守る・工夫する・喜ぶ・手伝いすぎない」の4つを意識
手のリハビリテーションは、「動くようになってから使う」と思いがちですが、 日常の中で少しずつ手を使い続けることが、脳の神経回路を再構築する刺激となり、回復を促すと考えられています。 焦らず、できることから一歩ずつ進んでいきましょう。
- 川口悠子ら.脳卒中後上肢運動麻痺を呈した患者に対してADOC-Hを用いて麻痺手の使用行動に関する行動変容を段階的に進めた事例報告.2021, 作業療法,40: p449-456
- 高橋香代子ら.新しい上肢運動機能評価法・日本語版Motor Activity Logの信頼性と妥当性の検討. 2009, 作業療法, 8: p628-636
