大腿骨骨折を呈した高齢者の歩行能力低下には、骨折そのものだけでなく数日間の臥床による大腿四頭筋などの筋力低下、バランス能力低下、転倒恐怖感が複合的に影響します。誤嚥性肺炎や認知機能低下などの寝たきり合併症を防ぐためには、術後3日以内からの早期離床と、立位や歩行練習を繰り返す高頻度の運動療法が不可欠です。 近年は手術技術の進歩により術後早期からの荷重が推奨されており、適切な疼痛管理のもとで力学的負荷を与えることが、骨や筋の回復と動作の再学習を促します。さらに、認知症を有する患者への入院中からのアプローチや、退院後の訪問リハビリ等の介護サービス活用、意欲を高めるVR技術の導入など、多職種と家族が密に連携して包括的に支え合う体制が、早期の在宅復帰とその人らしい生活の再獲得を支えます。
はじめに
大腿骨骨折は、高齢者の歩行能力や日常生活動作(ADL)に大きな影響を及ぼす外傷の一つです。 骨粗鬆症を背景に転倒によって受傷することが多く、受傷後は活動量の低下や身体機能の低下を引き起こしやすいことが知られています。その結果、受傷前には自立して歩いていた方が、骨折を契機として介助を必要とする生活へ移行してしまうことも少なくありません。
一方で近年は、手術技術や周術期管理の進歩に加え、リハビリテーションに関する研究も進んでいます。従来は「骨がつくまで安静にする」という考え方が一般的でしたが、現在では「安全を確保しながら早期に動く」という考え方へと変化しています。 本記事では、大腿骨骨折を呈した高齢者に対するリハビリテーションについて、早期離床、荷重管理、認知症への対応などの観点から解説します。
なぜ大腿骨骨折を呈した高齢者は歩けなくなるのか
大腿骨骨折後に歩行能力が低下する原因は、骨折そのものだけではありません。 高齢者では活動量の低下による影響を受けやすく、数日間の臥床であっても筋力低下が生じることがあります。特に立位や歩行に重要な大腿四頭筋や殿筋群は不活動の影響を受けやすく、歩行能力低下の一因となります。
また、患側へ体重をかける機会が減少すると、足底や関節から得られる感覚入力も低下します。その結果、姿勢制御能力やバランス能力が低下し、「体重をかけるのが怖い」という転倒恐怖感にもつながります。
つまり、高齢者の大腿骨骨折後に歩行能力が低下する背景には、複数の要因が関与していると考えられています。
- ▶筋力低下
- ▶活動量低下
- ▶バランス能力低下
- ▶感覚入力の減少
- ▶転倒恐怖感
など、複数の要因が関与していると考えられています。
術後3日以内の早期リハビリテーションはなぜ重要なのか
近年のガイドラインでは、可能な限り早期の手術とリハビリテーション介入が推奨されています。 Simunovicらは、早期手術によって死亡率や肺炎、褥瘡などの合併症が減少することを報告しています。また、早い時期から身体を起こし、立つ・歩くといった活動を進めた患者では、その後の移動能力や日常生活動作(ADL)の改善につながる可能性が報告されています。
術後早期リハビリテーションが推奨される理由は、単に早く歩けるようになるからではありません。高齢者では、ベッドで過ごす時間が長くなるほど筋力や体力が低下しやすいことが知られています。特に大腿骨骨折後は痛みや不安から身体を動かす機会が減りやすく、回復に必要な筋力や体力まで失われてしまうことがあります。 また、長期間横になっていることで肺炎や深部静脈血栓症、せん妄などの合併症が起こりやすくなることも知られています。
- ▶早く歩けるようになるためだけではない
- ▶寝たきりによる悪影響(肺炎・深部静脈血栓症・せん妄など)を防ぐため
実際のリハビリテーションでは、患者様の痛みや体調に配慮しながら、起き上がる・座る・立つ・歩くといった活動を少しずつ増やしていきます。こうした積み重ねが、その後の歩行能力や生活機能の回復につながると考えられています。
なぜ高頻度のリハビリテーションが必要なのか
「リハビリで何度も立ったり歩いたりする必要があるのか」と疑問を持たれる方もいるかと思います。 骨折後は安静にした方が回復しやすいように感じるかもしれません。しかし近年では、術後の運動療法や歩行練習を継続することが移動能力の改善につながる可能性が報告されています。
骨は力学的負荷に応答して構造を変化させる組織であり、荷重刺激は骨形成を促す要因の一つとされています。また筋組織も適切な機械的刺激によって修復や再構築が進むことが報告されています。 そのため、必要以上の安静は骨や筋の回復を遅らせる可能性があります。
また、「痛いから動かさない方が治る」と考える方も少なくありません。しかし術後疼痛の多くは組織修復過程で生じる正常な反応であり、適切な疼痛管理を行いながら活動することが推奨されています。 リハビリテーションでは、一度に長時間実施することよりも、安全な範囲で立位や歩行を繰り返し経験することが重要と考えられています。
免荷から早期荷重へ ~荷重管理の考え方の変化~
以前は骨折部の保護を目的として、長期間の部分荷重や免荷が行われることもありました。 しかし近年では、髄内釘や人工骨頭置換術などの手術技術が進歩し、術後早期から安定した固定性が得られる症例が増えています。そのため、大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドラインでは,症例に応じて早期荷重を検討することが推奨されています。
患者様からは、「もう体重をかけて大丈夫なのですか」という質問を受けることがあります。実際には、主治医は骨折型や固定性、全身状態などを総合的に評価した上で荷重量を判断しています。許可された範囲で体重をかけることは、骨折部に過剰な負担を与えるためではなく、活動量を維持し、歩行能力の回復を促すための重要な要素と考えられています。
認知症を有する高齢者のリハビリテーション
認知症は、大腿骨骨折後の機能予後に影響を与える要因の一つとされています。 実際に、認知症を有する患者では、リハビリテーションの実施や機能回復において様々な課題が生じやすいことが報告されています。そのため、ご家族の中には「認知症があるとリハビリテーションの効果は期待できないのではないか」と不安を感じる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、認知症があるからといってリハビリテーションの意義が失われるわけではありません。むしろ重要なのは、患者本人だけでなく、ご家族や医療スタッフを含めた支援体制です。認知症を有する患者では、リハビリテーションの目的や必要性を十分に理解することが難しい場合があります。そのため、入院中から繰り返し声かけを行ったり、生活の中で身体を動かす機会を増やしたりすることが重要になります。
また、ご家族がリハビリテーションの目的を理解していることも大切です。なぜ立つ練習を行うのか、なぜ歩行練習を繰り返すのかを共有することで、患者様を支える方向性が統一され、退院後の生活にもつながりやすくなります。
大腿骨骨折後の高齢者では再転倒や再骨折のリスクが高いことも知られています。特に認知症を有する患者では、活動量の低下や環境要因の影響を受けやすいため、退院後の生活環境を整えることも重要です。
退院後は、ご家族だけで支える必要はありません。ケアマネジャーや訪問リハビリテーション、通所リハビリテーションなどの介護サービスを活用しながら、活動量の維持や転倒予防に取り組むことができます。
大腿骨骨折は単なる骨の怪我ではなく、その後の生活機能や生命予後にも関わる可能性がある疾患です。だからこそ認知症を有する患者では、入院中から退院後までを見据えながら、本人・家族・医療スタッフ・介護スタッフが協力して支援していくことが重要と考えられています。
VR技術を活用した新しいリハビリテーション
近年ではVR(Virtual Reality)を活用したリハビリテーションも注目されています。 VRを用いることで、ゲーム性を取り入れながら反復練習を行うことが可能となり、運動への参加意欲向上や活動量増加につながる可能性が報告されています。
現時点では標準治療という位置づけではありませんが、今後の発展が期待される分野の一つです。
機能回復のメカニズムを考える
大腿骨骨折後の回復は、「骨がつくこと」だけで説明できるものではありません。 荷重によって骨形成が促され、活動によって筋機能が回復し、さらに立位や歩行を繰り返すことで動作の再学習が進みます。
- ▶骨の回復
- ▶筋の回復
- ▶動作の再学習
という複数の過程が組み合わさって進行すると考えられています。だからこそ、単に安静にするのではなく、安全な範囲で活動を継続することが重要になります。
まとめ
大腿骨骨折を受傷した高齢者にとって、術後のリハビリテーションは機能回復だけでなく、その後の生活を再構築していくための大切な過程です。
実際には、痛みや不安から「なるべく動かない方が良いのではないか」と感じることも少なくありません。骨折した直後に体重をかけたり歩いたりすることに不安を抱くのは、ごく自然なことです。だからこそ、医師・看護師・薬剤師・リハビリスタッフなどの多職種が連携し、痛みや全身状態に配慮しながら、安全に活動量を増やしていきます。
近年の研究では、適切な疼痛管理のもとで活動量を確保することが、身体機能や歩行能力の回復につながる可能性が示されています。また、大腿骨骨折後の回復は、骨が癒合することだけで完結するものではありません。荷重による骨形成、活動による筋機能の回復、そして立位や歩行を繰り返すことによる動作の再学習が積み重なることで、再び歩く力が獲得されていくと考えられています。
私たち医療スタッフは、単に歩行能力の改善を目指しているわけではありません。患者様が住み慣れた地域やご自宅で、その人らしい生活を再び送ることができるよう支援することを大切にしています。
回復への道のりは医療スタッフだけで作ることはできません。患者様ご本人の努力はもちろん、ご家族様の理解や支援も大きな力になります。リハビリの意味を共有しながら同じ方向を向いて取り組むことが、より良い回復につながると考えています。
私たちは、患者様やご家族様とともに悩み、ともに喜びながら回復への道のりを歩んでいます。大腿骨骨折は単なる骨の怪我ではなく、その後の生活や人生にも大きく関わる疾患です。患者様、ご家族、医療・介護スタッフが一つのチームとなり、それぞれの立場から支え合い、その人らしい生活の再獲得を目指していくことが大切だと考えています。
- ✓歩行能力低下には骨折以外に筋力低下・バランス低下・転倒恐怖感など複数要因が関与する
- ✓術後3日以内の早期離床は、寝たきりによる合併症を防ぎ、ADL改善につながる
- ✓高頻度の立位・歩行練習が、骨や筋の回復と動作の再学習を促す
- ✓手術技術の進歩により、症例に応じた早期荷重が推奨されている
- ✓認知症を有する患者では、本人・家族・医療・介護スタッフの連携が回復を支える
- ✓退院後は訪問・通所リハビリなどの介護サービスを活用しながら活動量を維持する
- 日本整形外科学会,日本骨折治療学会:大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン2021.改訂第3版,南江堂,東京,2021.
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- Handoll HHG, Sherrington C, Mak JCS:Interventions for improving mobility after hip fracture surgery in adults.Cochrane Database Syst Rev.2011;(3):CD001704.
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ご家族の大腿骨骨折後の生活や、早期の歩行機能回復でお悩みの方へ
大腿骨骨折後の機能回復には、適切な荷重管理のもとでの早期離床と、高頻度な運動療法が不可欠です。しかし、「本当に体重をかけて歩いても大丈夫なのか」「退院後の在宅生活での再転倒が心配」など、リハビリの進め方や環境づくりに不安をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
リハマッチでは、骨折などの整形外科疾患のリハビリ経験が豊富な理学療法士(PT)や作業療法士(OT)が、お一人おひとりの身体状況やご自宅の環境に合わせた最適なリハビリプランをご提案し、安全な在宅復帰をサポートします。
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