脊髄損傷では損傷レベルだけでなく、完全損傷か不完全損傷かによって症状や回復の見通しが変わります。
完全損傷は仙髄領域を含めて感覚や運動機能が残っていない状態、不完全損傷は損傷レベルより下にも感覚や運動機能が一部残っている状態を指します。
回復の可能性は完全・不完全の分類だけで決まるものではなく、残っている筋力や感覚、合併症、リハビリテーションの経過、生活環境などを総合して考えることが大切です。
完全損傷であっても、リハビリテーションや環境調整によって生活の可能性を広げることができます。
はじめに
脊髄損傷と診断されたとき多くの方が最も気になるのは、回復する可能性はあるのか、また動けるようになるのか、今の状態はどのくらい重いのかということではないでしょうか。
脊髄損傷では損傷レベル(傷ついた場所)によって症状が変わります。損傷レベルと症状だけで、今後の見通しがすべて決まるわけではありません。
もう一つ大切なのが、神経の働きがどの程度残っているかという視点です。このときによく使われる言葉が完全損傷、不完全損傷です。
一般的には完全という言葉がついてしまうと、とても重く感じられるかもしれません。不完全と聞くと、少し軽い状態をイメージする方もいるかもしれません。
しかし、医療現場で使われる完全損傷、不完全損傷には決められた判定基準があります1)2)。
完全損傷と不完全損傷とは
完全損傷と不完全損傷は、脊髄損傷の重症度を考えるうえで重要な分類です。
完全損傷は、損傷した場所より下に感覚や運動の働きが残っていない状態を指します。不完全損傷は、損傷した場所より下にも感覚や運動の働きが一部残っている状態を指します1)2)。
実際の判定は足が少し動くかどうか、痛みを感じるかどうかだけで決まるものではありません。
ASIA(脊髄損傷用の評価)という国際的な評価方法では、仙髄という脊髄の一番下の領域に感覚や運動の働きが残っているかを確認します1)2)。
完全損傷と不完全損傷は、見た目の印象だけで判断するものではなく、決められた神経学的な検査に基づいて判定されるものです1)2)。
仙髄温存が大切な理由
完全損傷と不完全損傷を分けるうえで重要になるのが、仙髄温存という考え方です。仙髄とは、脊髄の一番下の部分にあたる神経の領域です。
ASIAでは、S4-5という仙髄領域の感覚や運動が残っているかを確認します1)2)。具体的には、次のような項目が関係します。
- ▶S4-5領域の感覚があるか
- ▶深部肛門圧覚があるか
- ▶随意的な肛門収縮があるか
少し難しい表現ですが、脊髄の一番下の神経の働きが残っているかを確認していると考えると理解しやすくなります1)2)。
仙髄領域の働きが残っていれば、不完全損傷と判断される可能性があります。手足の一部に反応があるように見えても、ASIAの基準では完全損傷と判定される場合があります。
そのため、脊髄損傷のレベルと症状を理解するときには損傷部位だけでなく、仙髄機能が残っているかどうかも重要です1)2)。
完全損傷とはどのような状態か
完全損傷は、ASIA機能障害尺度ではAIS Aにあたります。AIS Aでは、S4-5を含む仙髄領域に感覚・運動機能が残っていない状態とされます1)2)。
完全損傷という言葉から、まったく何も変化しないと受け取ってしまうかもしれません。しかし、実際には損傷レベルの近くで一部の筋力や感覚に変化がみられることがあります。
リハビリテーションでは残っている機能を最大限に使い、生活動作の自立度を高めていくことが重要になります3)。
完全損傷では損傷レベルより下の神経機能が大きく障害されているため、不完全損傷と比べると、運動機能の回復は限られやすいとされています4)5)。
大切なのは、完全損傷だから何もできないと考えないことです。
車いす操作、移乗、排泄管理、住環境調整、福祉用具の活用などによって生活の可能性は大きく広がります。
不完全損傷とはどのような状態か
不完全損傷は、損傷レベルより下にも感覚や運動の働きが一部残っている状態です。ASIA機能障害尺度ではB、C、Dの段階が不完全損傷に含まれます。
Bは、感覚は残っているが運動機能は基準を満たすほど残っていない状態です。CとDは、いずれも運動機能が一部残っている状態です。
CとDの違いは、損傷レベルより下の主要な筋肉のうちどの程度が重力に逆らって動かせるかで判断されます。
不完全損傷では、残っている神経機能の程度によって症状が大きく異なります。足が少し動く方もいれば、感覚だけが残る方もいます。
歩行練習が可能になる方もいれば、車いすを主な移動手段としながら生活動作の自立を目指す方もいます。
そのため、脊髄損傷はレベルによって症状が違うだけでなく、完全損傷か不完全損傷かによっても生活への影響が変わります。
完全と不完全は回復の見通しにどう関係するか
回復の可能性を考えるとき、完全損傷か不完全損傷かは重要な情報です。
一般的に不完全損傷では、完全損傷に比べて損傷レベルより下の神経機能が残っているため、運動や感覚の回復が期待できる可能性があります4)5)。
不完全損傷だから必ず歩けるようになる、完全損傷だからまったく変化しないとは言えません。
回復の見通しは損傷の高さ、損傷の程度、年齢、合併症、受傷後の経過、リハビリテーションの内容、生活環境などによって変わります。
NINDSは、脊髄損傷では神経細胞の障害の程度によって回復の幅が変わること、完全損傷と不完全損傷で状態が異なることを説明しています4)。
リハビリテーションの現場では、回復を元通りになるかどうかだけで考えるのではなく、残っている機能を使って生活の自立度を高めることも大切な目標になります。
回復を考えるときに大切な5つの視点
脊髄損傷の回復を考えるときには、次の5つの視点が重要です。
1:損傷レベル
損傷レベルによって、影響を受ける体の部位が変わります。頚髄損傷では上肢と下肢の両方に影響しやすく、胸髄以下では主に体幹や下肢に影響が出やすくなります。
脊髄損傷のレベル別症状を理解することは、回復の見通しを考える土台になります。
2:完全損傷か不完全損傷か
完全損傷か不完全損傷かは、神経機能がどの程度残っているかを考えるうえで重要です。特に仙髄温存の有無は、ASIA/ISNCSCIで完全・不完全を分ける重要な基準です。
3:残っている筋力や感覚
同じ損傷レベルでも、筋力や感覚の残り方は人によって異なります。少しでも機能が残っている場合、その機能をどのように生活動作につなげるかがリハビリテーションで重要になります。
4:合併症の有無
呼吸障害、排尿障害、褥瘡、痛み、痙縮などは、生活やリハビリテーションの進み方に影響します。回復を考えるときには、麻痺の程度だけでなく、合併症の管理も大切です。
5:生活環境と支援体制
自宅の環境、家族の支援、福祉用具、車いす、装具、介護サービスなども、その後の生活に大きく関わります。身体機能だけでなく、生活環境を整えることも重要です。
少し動く=軽いとは限らない
不完全損傷では、損傷レベルより下に一部の運動や感覚が残っていることがあります。少し動くから軽いと単純に考えることはできません。
足の一部が動いても立ったり歩いたりするには筋力、バランス、感覚、体幹機能、痛み、痙縮などが関係します。また、排尿や排便、自律神経症状が生活に大きく影響することもあります。
脊髄損傷のレベルと症状をみるときには単に動くかどうかだけではなく、その動きが生活の中でどのように使えるかを評価することが大切です。
完全損傷=可能性がないではない
完全損傷と聞くと、希望がないように感じてしまう方もいるかもしれません。完全損傷であっても、リハビリテーションや環境調整によって生活の可能性は広がります。
車いす操作、ベッドから車いすへの移乗、排泄管理、褥瘡予防、上肢機能の活用、福祉用具の導入、住環境の調整などによって、できることを増やしていくことができます。
大切なのは、回復を麻痺が完全になくなることだけで考えないことです。残っている機能を使い、生活の目標に向かって一つずつできることを増やしていくことも、脊髄損傷のリハビリテーションでは非常に大切です。
診断書や説明で確認したいこと
完全損傷か不完全損傷かを理解するためには、医師や理学療法士や作業療法士の説明を受けるときに、次の点を確認すると整理しやすくなります。
- ▶損傷レベルはどこか
- ▶完全損傷か不完全損傷か
- ▶ASIA機能障害尺度ではどの分類か
- ▶感覚はどこまで残っているか
- ▶運動はどこまで残っているか
- ▶排尿・排便機能への影響はあるか
- ▶今後のリハビリテーションの目標は何か
これらを確認すると脊髄損傷でどのレベルにどんな症状があり、どの機能が残っているのかを理解しやすくなります。
- ✓完全損傷は、仙髄領域を含めて感覚・運動機能が残っていない状態を指す
- ✓不完全損傷は、損傷レベルより下にも感覚や運動の働きが一部残っている状態を指す
- ✓回復の可能性は完全・不完全の分類だけで決まるものではない
- ✓損傷レベル、残っている筋力や感覚、合併症、リハビリテーションの経過、生活環境などを総合して考えることが大切
- ✓脊髄損傷のレベルと症状、完全損傷・不完全損傷の違いを理解することは、自分の状態を知り、今後の生活やリハビリテーションを考えるための大切な一歩
- American Spinal Injury Association, International Spinal Cord Society. International Standards for Neurological Classification of Spinal Cord Injury, Japanese worksheet. Richmond (VA): American Spinal Injury Association; 2024.
- American Spinal Injury Association, International Spinal Cord Society. International Standards for Neurological Classification of Spinal Cord Injury worksheet. Richmond (VA): American Spinal Injury Association; 2019.
- 田島文博, 上條義一郎, 西村行秀. 脊髄損傷者に対するリハビリテーション. 脊髄外科. 2016;30(1):58-67.
- National Institute of Neurological Disorders and Stroke. Spinal Cord Injury. 2026.
- University of Alabama at Birmingham Spinal Cord Injury Model System. What recovery is expected following spinal cord injury.
