大腿骨近位部骨折術後の歩行再獲得には、炎症期(術後〜2週)、修復期(2〜8週)、リモデリング期(3か月以降)の組織修復過程に合わせた段階的リハビリが不可欠です。
手術による固定後は、適切な荷重刺激が骨芽細胞を活性化させて骨癒合を促すため、早期離床と筋力維持が回復の鍵となります。
多職種による疼痛・栄養管理と、安全な歩行補助具の活用が、早期の在宅復帰と自分らしい生活の再構築を支えます。
はじめに
大腿骨近位部骨折は、高齢者が転倒したときに生じやすい骨折で、「4大骨折」の一つとされています。
大腿骨近位部骨折を受傷し手術を終えた患者さんやご家族からは、「また歩けるようになりますか?」「骨が治るまで安静にしていた方がいいのでは?」といった不安の声をよく耳にします。
実際には、骨折後のリハビリテーションは骨や周囲組織が完全に治ってから始まるものではありません。
組織が回復していく過程に合わせて進められるため、手術翌日からリハビリテーションを開始することも決して珍しくありません。
早い時期から、その時々の回復段階に応じた適切な運動を行うことは、歩行能力の再獲得や早期の社会復帰につながることが多くの研究で示されています。
この記事では、まず骨折後に骨組織がどのように修復されていくのかをわかりやすく解説します。
そのうえで、回復の過程に合わせてリハビリテーションがどのように進み、歩行能力の回復や社会復帰へとつながっていくのかを紹介します。
骨折後の骨組織修復過程
骨折した骨は、折れた瞬間に元に戻るわけではありません。
私たちの身体には骨を修復する力が備わっており、多くの骨折は「二次性骨折治癒」と呼ばれる過程を経て回復していきます。
その過程は大きく炎症期・修復期・リモデリング期の3段階に分けられます。
炎症期(骨折直後~数日)
骨折によって出血した血液が血腫を形成し、炎症細胞が集まって壊れた組織を取り除きます。
同時に新しい血管が作られ、骨を修復するための準備が始まります。
修復期(約6~8週間まで)
骨折部は仮骨と呼ばれる新しい骨でつながり始めます。
徐々に荷重へ耐えられるようになりますが、この時期の骨はまだ十分な強度を備えているわけではありません。
リモデリング期(数か月~数年)
仮骨が少しずつ本来の骨へと作り替えられ、骨の形や強度が回復していきます。
骨の修復は退院後も続く長い過程です。
手術翌日から歩いても大丈夫なの?
「骨が完全に治るまで歩いてはいけないのでは?」と不安に感じる方は少なくありません。
しかし、現在の大腿骨近位部骨折の治療では、骨が完全に癒合するまで安静に過ごすことは基本的に推奨されていません。
その理由の一つは、手術によって骨折部の安定性を確保できるようになったためです。
大腿骨近位部骨折では、骨折部を金属製のスクリューやプレート、髄内釘などで固定する内固定術や、骨頭を人工物に置き換える人工骨頭置換術などが行われます。
これらの手術は骨折部を安定させることで、できるだけ早く身体を動かし、歩行能力や日常生活動作の回復を目指すことも重要な目的としています。
そのため、全身状態や骨折部の状態に問題がなければ、術後早期から立ち上がりや歩行練習を開始することが一般的です。
もちろん、骨折の種類や固定方法、骨の状態によっては荷重量が制限される場合もあり、すべての患者さんが同じように体重をかけられるわけではありません。
荷重方法は主治医が骨折部の安定性などを総合的に判断して決定します。
「歩く」と聞くと、筋力をつけるための運動というイメージを持つ方も多いかもしれません。
しかし、歩行練習の目的はそれだけではありません。
骨には適切な機械的刺激(荷重)が加わることで、骨をつくる細胞(骨芽細胞)が活性化し、骨形成やリモデリングが促されることが知られています。
そのため、手術によって十分な安定性が得られている場合には、医師や療法士の管理のもとで適切な荷重をかけることが、骨折部の治癒を後押しするとともに、筋力低下や関節拘縮、肺炎や深部静脈血栓症などの合併症の予防にもつながります。
- ▶過度な荷重は固定部への負担や骨折部の転位につながる可能性があるため、「痛くないからたくさん歩く」と自己判断することは避けましょう。骨の状態に合わせて適切な荷重をかけながらリハビリテーションを進めることが、安全な骨癒合と機能回復につながります。
つまり、歩行練習は「歩けるようになるため」だけではなく、骨の治癒を支えながら、筋力や体力を維持し、再び自分らしい生活を送るための大切な治療でもあるのです。
歩行能力を取り戻すために大切なこと
骨折部が順調に修復していても、それだけで以前と同じように歩けるようになるわけではありません。
大腿骨近位部骨折患者を対象とした研究では、術後早期の下肢筋力が高い患者ほど、その後の歩行能力や日常生活動作(ADL)が良好であることが報告されています。
つまり、歩行能力を取り戻すためには、骨が治ることだけでなく、術後の筋力をいかに維持するかが重要であることが分かっています。
しかし、高齢者では術後の安静や活動量の低下によって、わずか数日でも筋力は低下し始めます。
そのため理学療法では、「筋力を鍛える」ことだけではなく、術後に生じる筋力低下をできるだけ最小限に抑えることを重要な目標としています。
筋力低下を防ぐために欠かせないのが、早期離床や歩行練習、筋力トレーニングです。
早い時期から身体を安全に動かすことで、筋力やバランス能力の低下を防ぎ、歩行能力の回復につながります。
また、術後の運動療法は身体機能や歩行能力の改善に有効であることも報告されています。
- ▶しっかり食べる(十分な栄養摂取)
- ▶痛みを我慢しすぎない(適切な疼痛管理)
- ▶できる範囲で身体を動かす
一方で、筋力低下を防ぐためには、リハビリテーションだけでは十分ではありません。
痛みが強ければ身体を動かすことが難しくなり、活動量は低下してしまいます。
また、十分な栄養が摂れなければ筋肉や骨の修復に必要な材料が不足し、筋力の回復も遅れやすくなります。
そのため、適切な疼痛管理や栄養管理も、筋力低下を防ぎ、歩行能力を回復させるために欠かせない要素です。
このように、大腿骨近位部骨折の治療では、医師による手術や疼痛管理、看護師による日常生活の支援、理学療法士・作業療法士によるリハビリテーション、管理栄養士による栄養管理など、多職種が連携しながら患者さんの回復を支えています。
患者さん自身も「しっかり食べる」「痛みを我慢しすぎない」「できる範囲で身体を動かす」ことを意識することで、筋力低下を最小限に抑え、歩行能力の回復につなげることができます。
組織修復に合わせたリハビリテーションの流れ
ここで紹介する経過は、本記事における目安です。
回復のスピードには個人差があり、骨折の種類や手術方法、もともとの身体機能、持病などによってリハビリテーションの進み方は異なります。
大切なのは、組織修復の段階に合わせて、安全に身体を動かしながら機能回復を目指していくことです。
炎症期(術後~2週間頃):身体を起こし、安全に動く時期
手術後は全身状態が安定すれば、医師の指示のもとで座る・立つ・歩く練習を開始します。
この時期の骨折部では炎症が落ち着き、骨を修復するための準備が進んでいます。
一方で、安静が続くと筋力や体力は短期間でも低下しやすくなるため、骨折部の状態に合わせながら、できるだけ早く身体を動かすことが重要です。
荷重方法は患者さんごとに異なり、術後早期から体重をかけて歩行練習を行う方もいれば、一定期間は部分荷重や免荷でリハビリテーションを進める方もいます。
どちらの場合も、その時期に許可された範囲で身体を動かし、筋力低下や合併症を防ぐことが、この時期の大切な目標です。
修復期(術後2~8週間頃):歩行能力を高める時期
骨折部では仮骨形成が進み、少しずつ骨の修復が進んでいきます。
組織修復に合わせて歩行練習や筋力トレーニング、バランス練習などを継続し、安全に動ける範囲を広げていきます。
この時期には、歩行器や平行棒での歩行が安定すると、患者さんの状態に応じてT字杖などへの移行を検討することがあります。
一方で、骨折の状態や筋力、バランス能力によっては、歩行器での練習を継続することも珍しくありません。
大切なのは補助具を早く外すことではなく、安全に生活できる歩行能力を身につけることです。
リモデリング期(術後3か月以降):生活や社会への復帰を目指す時期
骨はリモデリングによって徐々に成熟し、日常生活の中でも修復が続いています。
この時期には、自宅での生活に加え、買い物や外出、趣味、仕事など、それぞれの生活目標に合わせた活動へ取り組んでいきます。
必要に応じて外来リハビリテーションや通所リハビリテーション、自主トレーニングを継続しながら、生活範囲を少しずつ広げていくことが一般的です。
社会復帰までにかかる期間は一人ひとり異なりますが、焦って周囲と比べるのではなく、自分のペースで積み重ねることが、その後の生活につながります。
| 時期 | 骨の状態 | リハビリテーションの目標 |
|---|---|---|
| 術後~2週間頃 | 炎症が落ち着き、骨の修復が始まる | 離床・立位・歩行開始(状態に応じて荷重方法を調整) |
| 術後2~8週間頃 | 仮骨形成が進み、骨の修復が進行 | 歩行能力の向上、筋力・バランス練習、状態に応じて歩行補助具を調整 |
| 術後3か月以降 | 骨が成熟し、リモデリングが進む | 生活範囲の拡大、外出や趣味、仕事など社会復帰を目指す |
- ✓大腿骨近位部骨折では、骨折した骨が修復されるまでに数か月以上かかることもあります。
- ✓しかし、歩行能力の回復は骨が完全に治ってから始まるものではありません。
- ✓組織修復の段階に合わせて適切な荷重やリハビリテーションを行い、筋力低下をできるだけ防ぐことが、歩行能力の回復や日常生活への復帰につながります。
- ✓回復を支えるのはリハビリだけではなく、手術や疼痛管理、栄養管理、日常生活の支援など、多くの医療職が連携しながら一人ひとりの回復を支えています。
- ✓大切なのは周囲と比べることではなく、その時々の身体の状態に合わせて、一歩ずつ前に進んでいくことです。
当事者の方へ
手術を終えたあと、「本当にまた歩けるようになるのだろうか」「思うように回復していない気がする」と不安を感じることは、決して珍しいことではありません。
リハビリテーションでは、「昨日より少し長く立てた」「痛みが少し和らいだ」「歩行器で歩ける距離が少し伸びた」といった、小さな変化も大切な回復の一歩です。
目標までの道のりは人それぞれであり、周囲の患者さんと同じペースで回復する必要はありません。
現在、荷重制限がある方や歩行器を使用している方も、それは骨折部を守りながら回復を進めるために必要な治療の一つです。
その時期にできる運動やリハビリテーションを積み重ねることが、次の段階の回復につながります。
私たち医療スタッフは、「できるだけ早く歩いてもらうこと」だけを目標にしているわけではありません。
退院後も安心して生活し、自分らしい暮らしを続けられるよう、医師や看護師、療法士、薬剤師、管理栄養士などがチームとなって支えています。
焦る必要はありません。
分からないことや不安なことがあれば、一人で抱え込まず、担当の医療スタッフへ相談してください。
あなたの回復のペースに合わせながら、一歩ずつ前に進んでいきましょう。
- 日本整形外科学会, 日本骨折治療学会. 大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン2021. 南江堂; 2021.
- Portegijs E, Sipilä S, Rantanen T, et al. Leg extension power and functional performance following hip fracture. Age and Ageing. 2015;44(4):614-620.
- Beaupre LA, Binder EF, Cameron ID, et al. Maximising functional recovery following hip fracture in frail seniors. Best Practice & Research Clinical Rheumatology. 2013;27(6):771-788.
ご家族の骨折・手術後のリハビリや、歩行機能の回復でお悩みの方へ
大腿骨近位部骨折などの整形疾患からの回復には、組織修復の段階に応じた適切な運動や荷重コントロールが不可欠です。また、退院後の在宅生活における安全な歩行や、再転倒の予防に向けたリハビリの進め方に不安をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
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